LSWのちょっとかゆいところに手が届く「まごのてblog」

静岡LSW勉強会の管理人によるコラム集

【第97回】心理的安全性とLSW

メンバーの皆さま


おひさしぶりです。管理人です。


気がつけば11月。はやいですね。


もう年末に向けて師走が始まると思うと恐ろしい…。


という事で、なかなかブログ更新にまで手がつかないのですが、 最近注目していることについて手短に。
(※と書き始めは思っていましたが、 結果的にすごく長くなってます)

 

 

ここ数年、 もっぱらニュース確認はネット記事がメインになっちゃってるんで すが、Yahooのトップ画面って、 自分がよく見るニュースの関連記事を集めてくれるんですよね、 親切に。


でも、便利な反面ありがた迷惑な所もあって、 それが興味を狭める方向に、 似たような記事何回も見ちゃう側面もあるよなー、 と思いつつ元々興味はあるもんだから、 やっぱりついつい見てしまう。


そんなこんなで、 この数ヶ月やたらに読んでしまっているのが組織における「心理的安全性」についての記事。


詳しい話はググって調べて欲しいのですが、 まさにそのGoogleの本社が2012〜 2016の4年間かけて「チームの生産性」 を向上させる要因を調べた研究(プロジェクト・アリストテレス) についての話題。

 

 

参考)Google【re:Work】「 効果的なチームとは何か」を知る

https://rework.withgoogle.com/jp/guides/understanding-team-effectiveness/steps/introduction/

 

 

上記はGoogleが会社やチームのあり方の研究結果を丁寧にも 発信してくれている「re:Work」というサイトなんですが、 この内容の解説みたいな記事や本を目にする事がこの1〜 2年ホント増えました。ご覧になったことがある方も多いのでは。

 

内容を簡単にまとまめると、 生産性が高いチームの共通点の仮説として、
「 どれくらいの頻度でチームメイトとオフィス以外で交流しているか 」
「同じ趣味をもっているか」
「学歴が似ているか」
「全員の性格が似ているか」
等々を検証してみたが共通性は見いだせず、驚くことに「 メンバーの優秀さ」さえもチームの生産性には関係しなかった、 と。

 


唯一見出せたチームの共通点は、


・メンバーの発言量がだいたい同じ。

・メンバーの人の気持ちへの感受性の平均値が高い。

 

の2点のみ。ということから「心理的安全性」 が効果的なチームを作るのに一番重要というのが調査結果と概ねの記事の内容です。

 


これ、非常に心当たりがありまして、 あんまり機能してないケース会議とかチームって、 だいたい一人がバーっと喋ってるんですよね。 聞いている人が他人事のお客様状態だったり、 話す人が周囲から責められるのではないかという不安から防衛的になっていたり。矢印は常に「やるか→/やられるか←」 の一方的な感じ。勝ち負けやパワーゲームみたいな。


逆に、 いい連携いいチームワークが取れている場の雰囲気ってメンバーから自然と質問が出たり、それについて真摯に受け答えしたりと、 矢印は「やりとり⇄」の双方的な感じ。 メンバー間の対話的なコミュニケーションが生まれているなと、 体験的に思っています。


Googleって半年で集まって解散するプロジェクトチームの同時並行の連続。いわば「バンド掛け持ち」 みたいな働き方のようですが、 児童福祉ってそれに似てる気がするんです。


多問題を抱える「ひと家族」「ひとケース」 って単独の職種や機関で扱える課題は限られていて、 それぞれに得意分野を持った多職種多機関を集めたプロジェクトチーム(音楽で言えばバンド) を発足しているものだと僕は思います。


バンドにいいボーカルが一人いればいい音楽を作れるかと言えばそんなに単純なものではなくて、 音楽性の一致やメンバー間のバランスや役割分担が揃って、 はじめていいバンドになりますよね。


Googleの調査結果である、
・メンバーの発言量がだいたい同じ。

・メンバーの人の気持ちへの感受性の平均値が高い。


って僕のイメージでは、その場において「音を出していない」 メンバーがいない、 発言内容ではなく音やエネルギーが飛び交う場の空気感がハーモニー的であるか、相互作用・化学反応が起こっているか、 それぞれのメンバーが他の人の音や息遣いを感じながらも話し合いに参加しているか、 という非常に感覚的だった指標を表してくれているよなぁ、 と初めて見た時は思ったんですよね。

 


次は、そんな「心理的安全性」 についての数ある記事の中でも面白いものをひとつ紹介。

 


グーグル 成長のカギは「弱さを見せ合えるチーム」

https://style.nikkei.com/article/DGXMZO35776860W8A920C1000000?channel=DF070420172353&n_cid=LMNST011

 

 

これはGoogleのピープル・ アナリティクスのチームのシニアマネージャーへ直接インタビュー した「生のやりとり」が書いてある記事。


面白いのは、心理的安全性は「少し高めの目標設定」 とセットでなければ生産性に寄与する効果は出ない、と説明されているところ。


Googleでは、従業員に対して常に「少し高めの目標」 を設定していて、当然、 目標に到達するまでには時間がかかることもあって、 途中で進捗状況を報告してもらう時に「心理的安全性」が高いことが非常に重要になってくると。
 
つまり、
"進捗状況を、 うまく行っていない部分も含めて正直に伝えられるか。 そういった課題が早く共有されることが、結果として、 組織としての成果に結びつく"


と。これホント児童福祉でも同じですよね。 もう少し早めに相談してくれれば… いきなりそんな事言われても困る!なんて「抱え込み」 状況ってケース対応でも関係機関同士の連携でも実によく起こります。

 

でも、思うんですよね。 現実に起こっている難しい状況と目標設定がかけ離れればかけ離れる程、うまくいかない事が増えるのは当たり前。それが、これまで自分の慣れ親しんできた方法とは別の新しい方法に取り組んでいるのなら尚更。


うまくいかない時って、相手を責めたい気持ち( 自分は悪くないと思いたい気持ち)になりがちですが、 ひとつ俯瞰的な視点で考えると、果たして「うまく行っていない部分も含めて正直に話せる関係性づくり・ チームづくり」をどこまで意識して準備できていたのかは、 考える必要があると思います。

 

 

「相手も忙しいから、 こんな些細な事で相談しても迷惑をかけるに違いない」


「 こんなに事を伝えたら怒られたり責められたりするんじゃないか」


「こんな事も出来ない親として(専門職・上司として) 無能と思われるのではないか」


「どうせ聞いてくれないから、言ってもムダ」

 


そんな遠慮・不安・恐れ・ 諦めの感情がチーム内に渦巻いていないか。 相談関係やチーム内に本音を言っても大丈夫な「心理的安全性」はあるのか。

 

よくある「何か困ったら連絡してください」 というお決まりのフレーズで、 本当に連絡できるような関係性なのか?

 


そんなことが、ケースの家族の中で、自分の組織の中で、 関係機関との連携の中で、ありとあらゆる場面で起こっているし、 その関係性や葛藤を調整することが仕事のほとんどになっていると日々感じます。


そんな心理的安全性を実現するために「弱さを見せ合える関係性」をつくることが必要で、 それは難しいことなんだと記事では扱われています。


そして、
心理的安全性が低いという問題は個人のせいではなく、 チーム全体の問題である場合がほとんどです。 一人ひとりの能力は豊かであっても、 社会的なパワーバランスがうまくいっていないことが原因です。 そういったときに、 チームの関係性を再構築するサポートはしています"


という事で、 深い問題を抱えているチームを発見した場合には人事部門が介入し 、特に関係性づくりの個人トレーニングは実施していないと。


最終的な記事のまとめは、日米の文化差に触れながら、 どちらが良いではなく「お互いに学び合う」という姿勢が大切で、 「心理的安全性があるからこそ、チャレンジができ、 意見の対立や失敗を次の成果に生かすことができる」 という事になっているのですが、これってまさにOJT( オンザジョブトレーニング)そのものだなと。


上手く機能しないチームが出てくることを前提としてサポート体制 を整えておく。その調整されていく体験を通じてチームの中で「 お互いに学び合う姿勢」「チャレンジをして、 意見の対立や失敗を次に生かすこと」 が実務の中で積み重ね鍛えられていく。


なるほど、これは実に現実的なOJTであり、 コストパフォーマンスも結果的に非常に高いとは思います。 しかし「ただ背中を見て学べ」 というだけでは学ぶまで時間がかかり過ぎてしまうので、 全く個人の資質を高めるトレーニングなしという割切りまで僕の中では出来ないんですよね。きっと、それはどこまでいっても十分なフォロー体制を整えることが難しい現実を思い知らされているから。


身近に相談サポートを受けられる第三者的な立場から「研修体系+ フォロー体制」を整えるのが現実的かつ効果的、 おそらく新しい養育ビジョンで乳児院児童養護施設が地域の子育てサポート・ 里親支援を行うイメージはこういうことなんだと思います。


しかし、現実は人様の家庭をサポートする前に、 自分の組織はどうなんだという感じで、人員も時間も足りず、 専門性を期待されながらも経験が浅い職員(3年未満)ばかりで、 その日その日をギリギリの所でしのいでいる現場はホントに多い。

 

バーンアウトで人が辞めちゃうことも珍しくありませんし、 将来に向けた「人材育成」なんかより、今をまわす「人材確保」 もままならない大人の状況や悲鳴はどの対人支援の現場からも聞こえてくる気がします。


LSWって過去を整理しながら気持ちを未来に向けて考えていくプロセスだと僕は思っているのですが、 それを支える大人や支援者が未来を考える余裕がない程に今の現実に追われていれば、 やはりその姿勢や心の状態は子どもに伝わってしまうものではないかなと感じます。

 

子どもの「育ちの環境」はもちろん、子育てをする保護者・ 養育者の「育ての環境」、それを支える支援者の「支えの環境」 それぞれを整えていかないと。 1つのチームのようにどこかがどこかに影響を及ぼすように結局は 繋がっているので。 システム論を現場目線で平たくいうとこういう事かなと。

 


「お互いに学び合うという姿勢が大切」

 

心理的安全性があるからこそ、チャレンジができ、 意見の対立や失敗を次の成果に生かすことができる」

 


ホントその通りですが、 それを組織として地域として実現し維持していくことは簡単ではなく、 情熱やエネルギーを持ち続けないととても続けていける事ではないなぁ、と。

 

組織論を学べば学ぶ程、 現実に起こっている事がスッキリ整理されて認識できる反面、 それを実行実現していくことの大変さに頭を抱える今日この頃です 。

 


モヤモヤした感じの終わり方ですみません。

 

モヤモヤしています。


まぁ、これが「弱みを見せる」ということですかね。

 


ではでは。

 

【第96回】語りの「場の設計」と「エンパワメントの獲得過程」

メンバーの皆さま
 
こんばんは。管理人です。
 
個人的な話しですが、今月から「学生」やってます。別に、仕事を辞めたわけではなくて、
【委託学生】
団体などが学費を支給し、教育機関に指導を依頼する学生。委託生。
 
という、仕事をしながら大学で研究をできる制度がありまして。週一で大学に通い始めたわけですが、10年ぶりの学生って、かなり新鮮です。
 
期間は来年3月まで(つまり半年間)なんですけど、卒論や修論を書いた経験のある人なら想像つくと思うのですが、スタート時点で大学4年・修士2年時の10月ですから、時間的には思った以上に厳しいです💦
(まぁ、知ってて応募してるんですけどね…)
 
ちなみに、研究テーマは「LSW」ではなくて、ざっくり言うと「連携・協働」について。とは言え、LSWはこれまで取り上げてきたように多職種多機関によるチームアプローチになるので、かなり活用できると思っていますけれども。
 
そんなこんなで、つまり何が言いたいかと言うと、
「学生の本分があるので、blog更新のペースが落ちます!」
という宣言的な言い訳なわけですけど、この間にも論文や書籍は読み漁ってますし、これまで扱えていないネタのストックは沢山あるので、今後もLSWのちょっとかゆいところに手が届くようなネタをボチボチのペース更新して行きます、しばらくはという事です。
 
 
で、ここからは本題。前回「Strategic Shearing:ストラジェック・シェアリング」という戦略的なライフストーリーの共有について触れましたが、今回はそれに関連するような論文を二つ紹介。
 
 
精神障害当事者にエンパワメントをもたらす公共の語りの場の設計 語り部グループ「ぴあの」の実践事例をもとにー (栄、2015
 
詳細は原文を読んでもらえればと思うんですが、この論文は題名そのままに、精神障害当事者が自身の体験を語る「場」を、どのようにして当事者をエンパワメントする場として機能させるかということを研究したもの。
 
この語り部がライフストーリーを語ることによって自身をエンパワメントする視点は、社会的養護当事者を対象としたLSWとも非常に重なる点が多いですし、何より「語りの場」の設定や比較を扱っている点は、僕にとって非常に斬新でした。
 
それを表にしてくれているのがコレです。

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(栄、2015より)

 
 
場の設定を「個人的・対人関係的・組織的」次元の三段階に分けて、語り手・聞き手の特徴やエンパワメントの効果について整理されている。
 
これ、非常にわかりやすいですよね。(そうでもなければ是非、原文を読んでみて下さい)
 
表のド真ん中にある「言いっぱなし・聞きっぱなし」の原則は、まさに静岡LSW勉強会の実践そのものですし、聞き手の態度(共感性)によって安全性や語り手の傷つくリスクが変化する点も見事に整理されていて、スッと腑に落ちました。
 
表右の「学校における教育講演会」における
・聞き手のニーズに即した内容
・語り手の一方向性
・社会的貢献の認識、自己統制感の向上
なんて項目は、かなり「Strategic Shearing」と重なってますし。
 
興味深いのは、「みんなの前」で話す前には、「一対一で聞いてもらえた安心感」があって「グループで認めてもらった自己肯定感」の積み上げ土台があって、はじめて大勢の一般の方の前でも語れるようになれるという事。
 
この辺りは続きの論文、
 
公共の場の語りによる精神障害当事者のエンパワメントの獲得過程とその特徴(栄、2017
 
の中で、わかりやすい図になってまして、

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(栄、2017より)

 
 
リカバリーできる自分を信じる」
 
 
素敵な言葉だなと。
 
表現を変えればレジリエンスということなんでしょうけれども、図の右側に積み重なっている「自分を大切にする」「学びあえる仲間ができる」「社会貢献ができる」なんて表現だと、一般感覚で染み込んできますよね。
 
 
改めて思うのは、この「場の設定」や「エンパワメントの獲得過程」って、結局は、養育者が自分を受け止めてくれる安全基地となって、一人遊びや二人遊びが出来るようになって、徐々に学校や一般社会へと世界を広げていくというアタッチメントや社会性の獲得過程となんら変わりはないということ。
 
言葉や切り口は変わるものの、人に関わる、人を支援するということの原則的なもの・本質的なものは、集約していくと似たものになるよなぁ、と思いました。
 
ではでは。

【第95回】ライフストーリーの「戦略的な共有」

メンバーの皆さま
 
つい先日までの暑さはどこへやら。
 
そして、また大型台風が来ているようですね。皆さま、お気をつけください。
 
最近は、締切に追われるものが重なっていましてblog更新が滞りがちですが、調べ物する中で、特に気になったものを簡単に紹介します。
 
 
strategic sharing」(FCAA)
 
 
ストラテジック・シェアリングとは、アメリカの社会的養護の当事者団体において、広く共有されている、フォスターユース(施設や里親で育った若者)のための、安全で目的性のある自分のストーリーの語り方ということ。
 
FCAAとは、アメリカの社会的養護の当事者団体
「Foster Care Alumni of America(FCAA)」
のことで、その団体が出している冊子がweb上にあるのをたまたま発見。
 
これを見て、昨年のJaSPICAN(子ども虐待防止学会)千葉大会で、日本のIFCA(International Foster Care Alliance)の方々が「ストラテジック・シェアリング」について説明していたと、参加した職場同僚が教えてくれたのを思い出しました。
 
冊子の分量は、写真も込みの内容で表紙合わせて12ページのコンパクトさ。全部英語なんですけど、シンプルな英文で読みやすい。色んなルーツを持つ当事者が読むことを意識して作られているのでは、と想像します。
 
「これくらいなら頑張って読みきろうかな」と思わせる絶妙な加減。最近はGoogle翻訳サイトが優秀で、本文コピペだけで即座に和訳してくれますので、気が向けば原文も是非チェックしてみて下さい。
 
 
「ストラテジック・シェアリング」を日本語にすると「戦略的な共有」という感じかと思いますが、核となる「戦略」が3つ挙げられています。
 
それは、
①「choose」 :選択する
②「connect」:つなぐ
③「clime」 :主張する
 
3つの頭文字がキレイに「C」で揃っていることに覚えてもらうことへの戦略を感じますよね。
 
僕なりの理解で簡単にまとめると、
 
【第1の戦略】choose
・自分の社会的養護での経験(ライフストーリー)を「なぜ共有するのか?」「誰とどこまで共有するのか?」その目的と範囲を選択すること。
 
【第2の戦略】connect
・聞き手と情報をどのようにつなぐか。
・「聞き手は共有した情報で何をしたいのか?」「観客、イベント、時間、場所は共有に適しているのか?」。聞き手のニーズと自分の目的の一致を確認したり、場の設定について計画すること。
 
【第3の戦略】clime
・自分の経験を主張すること。(日本で俗に言う「クレーム」とはニュアンスは違いますね)
・自分の経験に名前をつけて語るとき、聞き手はあなたが「あなたのライフストーリーの所有権」と「共有の選択権を取得したことを知る。
・また、共有の過程で起こっていることや感情に名前を付けて所有権を取ることも戦略的である。
 
そして、これらを考えて共有することが、効果的で安全な鍵となる健全な境界を確立するのに役立つ、と。
 
 
つまり「誰と・何を・いつ・どこで・どの程度・何の目的で共有するのか」を語り手が明確な意図を持って、戦略的に安全をコントロールしていくことなんだろう、と僕は解釈しました。
 
これはもはや「フォスターユース(社会的養護の出身者)」に限らず、自己開示をするあらゆる場面に共通して言えることだな、とも思いますが。
 
しかしながら、過酷な生い立ちを経験をしているかもしれないフォスターユースにとって、さらに語る場が安全が保障された一対一の面接場面ではなく、多数の聴衆の前でスピーチするような場面を想定すると、「場の安全」は自分自身で緻密に戦略的にコントロールする必要がある、ということなんだと思います。
 
個人的には「所有権(ownership)」という単語が印象的で、確かに「語りの内容」や「語りの場」を自分自身で選択できてコントロールできる感覚は、安全性や安心感においてとても重要ですよね。
 
フォスターユースはこれを自己コントロールしないといけない立場にあるのでしょうが、社会的養護いる最中の子どもとLSWを実施する際には、この「安全な語り」を担保しコントロールする役割は「支援者」にあるはずで、支援者は語りの場における安全性のコントロールについて、もっと戦略的になる必要があるんだろうなと、これを読んだ時に思わずにはいられませんでした。
 
割とこの辺の「安心感」って、非常に曖昧な主観的な感覚で、信頼関係を築くとか、話しやすい雰囲気を作るとか、その通りなんだけど、経験していない人にはイマイチ伝わらない感覚的な表現で説明されてきた気がするんですよね。
 
ただ、このストラテジック・シェアリングは、当事者自身が、安全で効果的に目的性のあるライフストーリーの語りをするために必要な戦略を、
 
①「choose」 :選択する
②「connect」:つなぐ
③「clime」 :主張する
 
にまとめてくれているわけです。これをLSWに活用しない理由はありません。つまり、子ども本人にとってLSWをする場やそのプロセスが「選択する・つなぐ・主張する」の要素を満たすように、支援者が配慮すればいいということ。
 
本人に語りたい意思を確認することはもはや当たり前と思うのですが、共有する目的、誰と何を何のためにどこまで共有するのか、子どもの年齢に関わらず、それを本人と対話の中で一緒に決めたり確認していく必要があると思うんです。
 
ストーリーの所有権は当事者にあるのだから。
 
こう思うと、ストーリーを語るための材料集めは支援者がするにしても、メインはその材料を本人がどう解釈し、どう語るのか、やはりそこに尽きるのだろうと。
 
その時、安全でない感じ(これを言ったら責められる、怒られる、幻滅されないかという不安)や、何でこんな事をしているのかという疑問(目的がわからない)がある状態では、語りの範囲はかなり制限されてきますよね。
 
そういう意味で、この冊子は「語る目的を共有する」重要性について、改めて気づかせてくれたし、今一度考えるキッカケをくれた気がしました。
 
 
ちなみに「ストラテジック・シェアリング」については、IFCAで和訳した冊子もあるようです。
 
機会があれば、じっくり読んでみたいですね。
 
ではでは。

 

【第94回】レイルロードスイッチ RAILROAD SWITCH

メンバーの皆さま
 
また一つ、脚光をあびる社会的養護を題材にした作品が世に出てきましたね。
 
児童養護施設で暮らした若者たち「その後」を描いた20分の短編映画。
「レイルロードスイッチ RAILROAD SWITCH」
 
 
皆さま、ご存知でしょうか? 
 
 
僕は、今日アップされたこの記事、
 
特撮好きだった少年が、「社会的養護」をテーマに映画を作るまで
 
で始めて知ったのですが、これはLSWブロガーとしては、見過ごすことのできない内容です。
 
 
企画・監督は、福島県児童養護施設で暮らした経験がある西坂來人さん(33)
 
ウルトラマンの製作スタッフ歴があるということで、作品の映像のキレイさは流石です。
 
そんな経歴を持つ監督が、
 
児童養護施設の存在を、児童養護施設の出身者のことを「身近にいる」と知ってほしい。
 
そんな想いを乗せた作品。それが「レイルロードスイッチ RAILROAD SWITCH」。
 
記事には、監督の生い立ちから映画構想の経緯までセキララに綴られています。詳細は是非、原文でご確認を。
 
 
記事の最後には、こんなコトバ。
 
〜家族が育てることができれば一番いいのでしょうけど、それができない人たちを責めてもしょうがない。犯人探しをしても何も解決はしません。
 
〜虐待やネグレクトされ、社会的養護の枠組みで育てられた子どもたちが、次に自分たちが新しく家族を作るときに、幸せな家庭を築くことができればいいと思っています。
 
 
ホント、LSWのど真ん中を突く言葉ですよね。こんな風に、社会的養護の子どもたちの「現在(いま)」だけでなく「将来」そして「新しい家族」まで想って関わり支えてくれる大人が一人でも増えてくれたら、と切に思いますね。
 
 
そして西坂監督は、長編「レイルロードスイッチ RAILROAD SWITCH」の製作がかなう際には、児童養護施設にいる子どもの「家族」をテーマとして扱いたいと語っています。
 
どんな作品になるのか、今から楽しみです。
 
 
ちなみに短編ver.(20分)は、YouTubeおよび、
「レイルロードスイッチ RAILROAD SWITCH」公式HP
 
 
で無料で観れますので、まだの方は是非ご覧になって下さい。
 
映像のクオリティーもさることながら、ラストの児童養護施設をネタにした「漫才」も普通に笑ってしまうオモシロさです。
 
あ、ハードル上げると笑いにくいですね。
 
これ以上は作品のネタバレになりそうなので、ここまでにします。
 
ではでは。

【第93回】東北での夏休み 〜LSW的に思う「日常」と「非日常」〜

メンバーの皆さま

 


お久しぶりです。管理人です。

 


気がつけば8月も最終週。

 


学校の夏休みは今週で終わるところが多いようですが、夏の暑さはしばらく続きそうですね。

 


blog更新もしばらく「夏休み」みたいな感じになっちゃいましたが、今後もぼちぼち書いていきますので、よろしくお願いします。

 


ということで休み明けの今回は、リハビリを兼ねてLSW的な「夏休み日記」的なものを少し。

 


東北といえば「カナノウ」こと秋田県金足農業が甲子園で旋風を起こしていましたが、ちょうどその頃、1歳4ヶ月の息子を連れて、妻の実家の気仙沼市(宮城)に帰省していました。

 


里帰り出産で産まれた息子にとっては、一年ぶりの気仙沼かつ初帰省。LSW的にいえば、生後3ヶ月半まで暮らした場所への「初訪問」なわけです。

 


ちなみに、静岡と気仙沼(宮城の先っちょ、ほぼ岩手です)の距離感はこんな感じ。

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真面目に「徒歩5日」とか表示されるのが笑えます。

 

実際の移動は車だったのですが、それでも休憩も入れながら、行きは10時間半、帰りは渋滞にも捕まって結局、片道14時間の大移動💦

 


まぁ、東名→外環→東北道三陸道と上の図とは違って東京を避けてずっと高速道路で行けちゃうので、運転はそこまで大変という程でもないんですけどね。

 


初めて車で行った時はさすがに疲れましたが、何回か往復していると、

「あと200km、もう少しだ」

「栃木まで350kmか意外に近いな」

なんて距離感覚が若干おかしくなってくるなと自分でも思いますが、色んなSAに寄ってご当地の物を食べるのも、それはそれで結構楽しい。経験と見通しが余裕を生む事を体験的に気付かされます。

 

 

 

で、話題を気仙沼と息子に戻すと、現在の息子は「人見知り」真っ盛りで、じいちゃんばあちゃんの姿を見かけただけで、ガシーッとママorパパにしがみ付いてくる。そして、じっーと様子を伺っている。

 


いや、あなた生後3ヶ月半まで一緒に暮らしてましたよ。なんなら、毎日じいちゃんとお風呂はいってましたよ。

 


なんて、当たり前ですけど、やっぱり覚えていないんですよね。1歳4ヶ月の息子とっての1年という月日の長さは、人生のサンブンノニの期間なわけですから、1年前なんて主観的にははるか昔。

 


そのくせ、ウチの息子はペットの猫には警戒心なくて、ガンガン触ろうとして割と猫の方に煙たがられてる(笑)。一年前は、猫の方が先輩風吹かせて泣いてる赤ちゃんを心配そうに見てたのに。

 


面白いです。

 


流石に滞在3~4日目は多少は慣れてきますけど、静岡の家に帰って来たら水を得た魚のように元気全開。やっぱり気を遣っていたのは明らかで、のびのび具合が全然違う。

 


以前の息子にとって「日常」であった気仙沼での生活は、いまや「非日常」なんだよな、と。今はイベント的な非日常より、安定した日常的な楽しみ関わりを求める時期なんだよなと、しみじみ。

 


乳幼児期の環境変化、特に養育者の変更が与える子どもへの不安や負荷ってこういう事ですし、慣らし保育などの「移行期間」の意味について、大人の都合だけでなく、もっともっと子ども視点での議論が広まっていく必要はあるよな、と。

 

 

 

また帰って来て思うのは、それでも一年前は数時間おきに授乳して、寝返りもロクにうてなかったのに…だいぶ成長したねなんて、年一回の「非日常」的なイベントは子どもの「日常」の成長を実感する良い契機になりますね。

 


やっぱり今回の帰省だって、息子の記憶には残らないと思うんです。それでも、数年後に大人が「あの時は」「この年は」なんてアレコレ語ることで、本人の記憶として形作られていく。

 


それは「こんな昔の自分に、こんな人たちが、こんな想いで関わっていたんだ」というエピソードの記憶。

 


そして、その物語には「帰省した」という事実だけでなく、関わった大人それぞれの想いやストーリーが必ず乗っかってくる。

 


帰省は「物語の舞台」でしかなくて、そこでそれぞれが何を感じて、どんなストーリーを皆で共有したのか。そういう誰かと一緒に過ごした、一緒に何かしたというプロセスが財産なのかなと思います。特に子ども時代にとっては。

 


社会的養護で暮らしたり措置変更を繰り返す子どもたちは、現在ばかりに焦点が当てられ、過去を共有するような経験をせずに大人になる可能性があるわけで、そこをカバーするのがLSW的な支援になろうかと思います。

 

 

 

なので、少なくとも一年に一回は、この地に戻ってこないとなと思うわけです。

 


そんな縁もあって、気仙沼には2011東日本大震災からほぼ毎年訪れているのですが、実は震災前の気仙沼の景色を僕は知らない。

 


確かに震災直後と比べたら、瓦礫はほとんど片づいているし、新しい復興住宅(団地)が建ってたり、海岸にはスーパー堤防という4~5mの壁が出来上がりつつある。

 


その一方で、津波で柵が曲がった橋がそのまま残っていたり、古い建物とまっさらな更地と真新しい建物が混在する景色は、僕からすればかなり不思議な空間。ですが、昔の景色を知り、今を暮らす地元の方々はこの「日常」をどう捉えているのか。

 


一見、新興住宅地を思わせるオシャレな団地と公園が並ぶ景色には、子育て世代がピッタリなのですが、実際は高齢者しか住んでおらず、団地の約半分は空室のままだそう。

 


仕方なく気仙沼市外の人にも入室希望を解放したとのことですが、「20年後には、今入ってる人もいなくなるし、誰も入ってないだろうな…」というお義父さんの言葉は現実を物語ってますよね。

 


また、どこかの堤防なんて業者が間違って基準より20~30cm高く作ってしまったもんだから、「もう一度作り直せ」(景観が違いますからね)という地元の声と、「周りの土地を盛り土で上げるからそのままで」なんて押し問答もあるそうで…。

 

 

 

「復興」

 

 

 

とは、元通りに戻すことではなく、もはや新しいものを一緒に作るプロセスだよな、と毎年毎年変わっていく気仙沼市内を見て思います。

 

 

 

息子の成長と、気仙沼の復興。

 

 

 

東北での「非日常」な時間の過ごし方を通して、改めて「静岡での日常」と「気仙沼での日常」がそれぞれ確実に流れていることに気づかされる。

 

 

 

あと、やっぱり東北は涼しい。

 

 

 

そんな体験をした気仙沼での夏休みでした。

 

 

 

 

 

 

 


ではでは。

 

 

 

 

 

 

 

【第92回】「ARC(愛着・自己調整・能力)フレームワーク」とLSW

メンバー皆さま
 
気がつけば8月。
 
もう、凄まじい暑さですね。
 
加えて、各地で猛威をふるう大雨や台風。
 
「猛」
 
ハンパない猛暑のこの夏を表す漢字を探すならコレかな、と思うくらい過酷な夏です。
 
くれぐれも皆さま「いのちだいじに」、環境に合わせた程よい休み休みのペースで、今夏を乗り切りましょう。
 
 
で、そんな灼熱の中、今回紹介するのは、
 
サンサンと太陽が輝く表紙のコレです。

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児童福祉では有名な資生堂社会福祉事業団による海外研修レポートの2010年度版(第36回)。
(参考:資生堂社会福祉事業団HP
 
 
資生堂の海外研修レポートって、頭では内容が充実して役に立つのは理解してるんですけど、どれも軽く100ページを超えてくるので、ちょっと気軽には読めないと言うか、なかなか手が出ないんですよね、やる気スイッチが入らないと。
 
で、今回たまたまスイッチが入ったのでコラムで取り上げるわけですが、そういう時はどうしてもアレもコレも書きたくなって文量が長くなりがちなので、以下、お時間のある時にご自身のペースで読んでいただけたらと思います。
 
 
本題に戻ると、
今回ある調べ物をGoogleでしていましたら、この報告書がたまたまヒットしまして。
 
 
ポチッと、ダウンロードして、
 
 
パッと、表紙が出てきたら、
 
 
あ!
 
 
『ベアードビール』じゃん、と。

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ラベルの画風が。
 
一番左の[Rising Sun Pale Ale]なんて太陽の感じまで似てますし。コレがまた旨いんです。
 
ベアードビールは、静岡県東部(もとは沼津、今は修善寺)でベアードさんが作っているビールなんですけど、僕が10年以上前にクラフトビールにハマるきっかけをくれたビールでもあって、もはや日本クラフトビール界を代表する横綱級のビールです。
 
そんな連想だけで楽しい気分になりますし、久しぶりに飲みたいなと。夏ですしね。
 
 
動機は不純でも、きっかけって大事です。
 
 
で、報告書に戻ると、お目当の物が何ページにあるか「目次」に目を通したんです。
 
 
すると、
 
 
 
「おや?」
 
 
 
パラパラ飛ばし読みしてみて、
 
 
 
「うわ!」
 
 
 
 
「なんじゃこりゃ⁉︎」
 
 
 
実のお目当ては、レポート後半の「ラップアラウンド」についてだったんですが、それより何より「前半の内容」に釘付けになってしまいました。
 
 
その内容というのがコチラ。
 
II 私たちの青い鳥 〜トラウマの癒しの様々な治療形態と、それらの施設での応用〜(p.18〜)
 
主には、
①トラウマの脳の働きへの影響
②トラウマケアの考え方の枠組み(ARC理論)
③セラピーや施設での具体的な実践例
(詳しくは目次でご確認を)に関することで、どうやら表紙の太陽の下で羽ばたいているのは、この題名の「青い鳥」だったよう。
 
で、今回コラムで取り上げるのは主に②です。
 
ちなみに、①③について簡単に触れると、
トラウマは理性や思考(意識でコントロールできる部分)も不調にするけど、もっとトラウマの影響を強く受けるのは、脳の中でも動物的な身体的な生命維持的な部分(意識でコントロールできない部分)になるので、頭でなんとかしようと思っても難しい、と言うこと。
 
脳科学の話しって「難しそうだな」と敬遠してしまう方もいると思うのですが、③具体的実践例としては、ヨガをしたり、バランスボールを使ったり、自分の身体感覚を感じたり整えたりなんて支援が写真付きでいくも掲載されています。
(詳細は、ぜひ報告書でご確認を)
 
 
「当たり前のことだが、トラウマを受けた子どもに必要な支援は、それまで正常に機能していなかった脳の機能(自己治癒力を含む)を、正常に機能することを支援していくことだと気づかされた」
 
これは、この海外研修講師のバンデンコーク博士による報告書内のコメント。
 
これまでトラウマを持つ子どもへの支援は、「言語による表現や理解に焦点を当てたトップダウンアプローチ」や「精神薬による服薬治療」に偏重していたけれど、もっと脳科学を根拠を置いた「身体・感覚に焦点を当てたボトムアップアプローチ」によって脳を調整することが必要であると。
 
今でこそ、心理治療の身体的アプローチへの注目が日本でもだいぶ広がり始めてきたのかなと勝手に思ってますが、この内容が、このクオリティーと、このわかりやすさで、すでに8年前(2010)に、しかも無料で公開されていたなんて…驚き以外の何ものでもありません。
 
思わず「8年間で買ったコレ系の書籍達は何だったんだ」と思いたくなっちゃいますが、じゃあ8年前にこの内容の価値に自分が気づけたのかと言えば微妙で、やはりタイミングや準備性の問題というか、それはそれで理解の畑を耕すのに必要なプロセスだったと、自分で自分に言い聞かせるしかないですね(苦笑)
 
ということでレポート内容は、どれも勉強になるのですが全部で182ページあるので、その中からどうしてもLSW的に紹介したいのが、今回の表題にしたコチラ。
 
 
「愛着・自己調整・能力フレームワーク
 
別名
ARC理論」
 
です。
 
ARCとは、
Attachment】愛着
【self-Regulation】自己調整
Competency】能力
 
の文字を取ったもので、トラウマ体験を統合するまでには、下図(p.35)のような積み木を積み上げるような支援の順番を示したもの。
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LSWをやっていると、ついついアイデンティティー」に反応しちゃいますが、上から2段目にある
「自己とアイデンティティー」
の積み木の説明(p.44)について確認すると、
 
・子どもが自分(好き嫌い、価値観、考え、家族・文化の影響、信仰など)を知る機会を作る。
・自分の長所を知り、内的な資源として蓄える。
・過去の経験を統合させ、多面的な自己認識ができるように支援する。
・未来の自分を想像する能力と、現在の活動を将来へつなげる能力を築いていく。
 
 
 
 
ん?
 
 
もう、LSWの説明そのままですよね。
 
さらに同じページにあるコラムなんて、
"【道具箱⑥】「私についての本」を作る"
となっていて「自分の成長を確認し、自分の理解を深めることができる」なんて説明されてる。
 
 
また僕が「ARCブロック積み木」を見た瞬間に思い浮かんだのはコレ。

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LSWの本を読んだ事ある方なら、一度は目にしているだろう、この三角形ピラミッドの図。
 
これはLSWの形式を3つに整理したものですけど、例えば、この図が紹介されている本の1つ、
 
『子ども虐待と治療的養育〜児童養護施設におけるライフストーリーワークの展開』
(楢原、2015)
 
の中には、こんな図も紹介されています。

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この図は、『心理的支援と「生活」』(村瀬、2012)を一部修正したものと説明がありますが、これ「ARCブロック積み木」の内容や順番とほぼ重なってると思うんです。
 
しいて言うなら、エジプトにあるピラミッドを、遠目で引いて見た場合と、登れるくらい近づいてブロック1つ1つを見た場合くらいの違いかと。「木を見て、森を見ず」にならないように、全体を俯瞰的に見るソーシャルワーク的視点も持ちながら、個人への直接アプローチをきめ細やかに考える生活支援や心理療法的視点の両立の話です。
 
LSWで対応に悩むケースって、ソーシャルワーク的な問題にも頭を悩まされますが、そこには大なり小なり「トラウマ」の問題が絡んでいるし、そこには「感情コントロール」の課題があって、そもそも「愛着」形成は十分にあるのかという問題を、もはや児童福祉では避けては通れない道だと思うんです。
 
最近になって、職種に限らないトラウマインフォームドケア(トラウマをよく知った対応)の重要性が広く言われるようになって来ましたが、現場の人はどんな職種であろうと被虐待のトラウマがある子どもに対応し続けてきましたよね。
 
ARCフレームワークは、アメリカのトラウマセンターで2003年から作られ始め、2004年に始めのマニュアルができ、何度か改訂を重ねて2010年に書籍化されたということですが、トラウマインフォームドケアの重要性について随分触れられています。
 
トラウマは決して心理士だけが対応して治すものじゃなくて、生活支援の中でみんなが関わりながら回復していくものだと。
 
決してブロックの一つ一つの内容自体は特別なことではないし、これまでの生活支援ですでに当たり前に行われてきたもの。ただ、戦略も見通しなしに、良いものは何でもやってあげた方がいいと、手当たり次第に支援を続けるなんて、支援者の身とモチベーションがとても持ちませんよね。
 
じゃあARCフレームワークは何なのかというと、「これをやればいい」という特定の決まったプログラムではなくて、これまでのトラウマケアの実践から、必要な支援の順番を整理して示して、今行われている支援が土台から積み上がっているか振り返ったり見直したりする枠組み(フレーム)なんだと。
 
だから、具体的な支援方法については、それぞれの現場で出来る形で工夫してやって下さい、と。
 
これ相当に重要で、だいたい耳にする無理のありそうなLSWは、アイデンティティ」を扱う前に土台となる「愛着」「自己制御」「発達課題」の支援がスコーンと抜けてる危うい場合が多い気がします。
 
ちなみに、積み木の上段の「発達段階」や「司令塔の機能」をまごのてblog的に復習すると、こんな感じでした。

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どの話もボトムアップで「感覚→感情→思考」の順番に積み上げていくのは共通していますよね。
 
加えて言うと、これまでのコラムで取り上げているように、子どもの脳の発達的には「感覚→感情→思考」言い換えれば「身体→こころ→頭」の順番で成長していきますから、そもそも年齢的に、育ちの環境的に、「頭の司令塔」の機能が十分に育っていない子どもを支援することが、児童福祉ではほとんどですよね。
 
もちろん時間的なリミットもあるなかでARCブロック積み木が盤石に積み上がっているケースはあんまりない(そんな順調なケースなら困らない)とは思うんですけど、じゃあ、LSW的な取り組み(セッション型)を計画はするけど、同時並行で土台を補強する支援を、生活の中でどう工夫して行っていくのか。
 
おそらく「安心して語れる場、信頼関係の構築」と漠然と表現されているものを、もう少し具体的につっこんで、そのためには生活支援の中で、何の成長を目指して、何の環境を整えて、やり取りで何を扱っていくのか、そのヒントを、ARCフレームワークや報告書の実践例は教えてくれる気がします
 
ARCフレームワーク・ARCブロック積み木は、そんな児童福祉の超重要トピックである「トラウマ」「LSW」「感情コントロール」「愛着」「脳の発達」という避けては通れないが一つ一つだけでも結構複雑でややこしい課題それぞれの関係や繋がりの全体像を、実にシンプルに整理して示してくれている、のかなと思います。
 
これは、LSWを単体で考えるのではなくて、LSWを児童福祉で必要な支援全体の一部として考えて整理しようとした時に、もしらしたら一つの道標になりうる考え方ではないかな、と個人的には感じます。
 
ARC理論やブロック積み木の内容については、図表コラム入りで10ページくらい(報告書p.35〜46)にまとまってますので、是非直接ご覧になってみて下さい。
 
 
あと、忘れてはならない「ARCフレームワークの最大の特徴は、まず大人の在り方に焦点を当てている点。
 
土台となる愛着の4つの積み木の一番目に、
「養育者の感情管理」が挙げられていて、とにかく身近な大人が安定的に応答することの重要性がこれでもかと説かれていること。
 
まず変わるのは子どもじゃなくて、子どもを支える大人であると。それは養育者や担当者におんぶに抱っこの丸投げじゃなくて、養育者を支えるする体制、つまりスーパーバイズ体制を整えて、システムで子どもを支えることが最重要とされています。
 
 
もう一度、全体を整理して繰り返すと、
 
 
まず、
 
Attachment】〜養育者への支援への取り組み
(愛着:安全な人間関係を築くこと)
 
の土台があって、
 
【self-Regulation】〜子どもへの支援
(自己調整:子どもが自分の肉体と情緒の体験を調整するのを支援すること)
 
の積み上げがあって、
 
Competency】〜発達、成長への支援
(能力:子どもたちが弾力性のある成長を遂げられることを支援すること)
 
と言った積み上げがあって、ようやく最後に「トラウマ体験の統合」が可能になる。
 
 
つまり、ARCフレームワークって、大人同士で共有しながら、
 
「この子にとって今、必要な支援って何だろう?」
「今やっている支援は、こういう意味があるかも」
「今の自分にできることは何だろう?」
 
なんて、子どもに想いを巡らせたり、大人同士が対話するためのツールなんだろうと思います。
 
まずは、養育者自身が自分の気持ちを安心して語れて受け止めてもらうことを実体験として感じて、その波長を合わせてもらって聞いてもらったり、不安な気持ちが整理されて落ち着いていく感じを、今度は養育者が子どもとのやり取りの中で提供する体験の連鎖。
 
もはや、これは「トラウマ」や「LSW」というトピックを超えて、「社会的養護」や対人援助全般に共通するチームアプローチ・集団養育のあり方のベースになる考え方のような気がします。
 
 
ちなみに、英国のLSWが紹介されている2015年出版のコレ、
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の導入部分でも、支援者に必要なこととして、「脳科学」や「トラウマ」の知識、支援者自身の時間的余裕、そして支援者を支えるSV体制の確保、といった共通した話題が説明されています。
 
このように2010年前後の「米国のトラウマ」「英国のLSW」「日本の生活臨床」でそれぞれ言われていることが、お互いが影響し合っているにしても、重なってくるのは興味深いです。
 
 
最後に、
 
ARC理論について、もっと知りたい方は、こんなのもネットで見れます。参考まで。
 
■2009年度(第35回)資生堂海外研修レポート
 
■米国における新しいトラウマ治療の動向 -子どもの複合的トラウマ治療のための枠組 ARC理論-(國吉、2011)
 
(どちらも「ブロック積み木の数」が今回紹介したモノと少し違います。第36回レポートの方が新しいモデルのようです)
 
 
ではでは。

 

【第91回】「LSW」×「パターン・ランゲージ」の可能性

メンバーの皆さま
 
こんにちは。管理人です。
 
今回は、久しぶりの書籍紹介です。
(ホントに長らくぶりですね)
 

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7/20に出版されたばかりのこの本。
 
冒頭には、本書の特徴について、
 
“「オープン・ダイアローグ」と「パターン・ランゲージ」という2つの実績のある方法を組み合わせることで、対話の本質を理解し、その力を磨くということができる確かなかたちでまとめられていることです”
 
と説明されているように、コラボ作品。
 
オープン・ダイアローグについては、すでに、
【第86回】オープンダイアローグ対話実践ガイドラインhttp://lswshizuoka.hatenadiary.jp/entry/2018/06/15/074852
で紹介したのでソチラを参照いただくことにして、今回の注目は、太字にした後半部分「パターン・ランゲージ」というまとめ方について。
 
 
本書によると、パターン・ランゲージは、
成功している事例やその道の熟練者に繰り返し見られる共通パターンを抽出し、抽象化を経て言語化することで、よい実践の秘訣を共有するための方法」
 
と言うこと。
 
 
 
おや?
 
 
 
 
コラムを以前から読んでいる方ならピンと来たかもしれません。これって、以前のコラム、
【第24回】多職種連携に必要な能力
【第58回】奇跡のレッスン「答えは"波"が知っている」(※なぜか最近アクセス急上昇)
 
で取り上げた『コンピテンシー
・1970年代で米国で生まれた、仕事のできる人(ハイパフォーマー)の行動特性を分析して、人事評価や人材育成に活かすマネジメント用語
 
の発想と非常に似てますよね。
 
 
さらにパターン・ランゲージは、その良い所取りの抽出方法というか、上手な人の「コツ」をみんなで共有しやすい形に情報整理して名前をつける「やり方」を体系化したのも、と言ったところでしょうか。
 
 
本書は、オープンダイアローグの肝となるような「キーワード30」が表紙のような可愛いイラスト付きで見開き1ページにつき1つずつ説明されているような構成になっています。
 
 
直感的にわかりますし、何より短時間でサラッと読める。
 
 
パターン・ランゲージは、もともとは1970年代に建築家クリストファー・アレグザンダーが、住民参加型のまちづくりの支援のために提唱した方法のよう。
 
彼が目指したのは、都市計画がトップダウンで決められるのではなく、建物や街のデザインに繰り返し現れる法則性(パターン)に共通言語をつくり、誰もがデザインのプロセスに参加できる自分たちで自分たちの街をつくることを可能にすることだったようです。
 
この発想自体が非常に「ダイアローグ(対話)」的で「市民協働」的ですし、建築やデザイン業界の発想と、精神医療からのオープンダイアローグが、このように業界の垣根を超えてコラボしているもの興味深いです。
 
 
 
加えて、本を少し引用すると、
 
〜実践領域の多くでは、理念とマニュアルの間をつなぐ言葉がありません。このつながりは、その文化に長くいる者には見え、体現できるものの、経験の浅い人には大変難しく、理念に則った日々の行動を行うことはなかなかできません。
 
なのでパターン・ランゲージは、理念とマニュアルの「中空」を結ぶ、抽象的すぎず具体的すぎない「中空の言葉」ということ。
 
 
これ、すごく面白いです。
 
 
対人援助って、マニュアルやプログラムの台本通り読み上げればいいってものではない最たるものだと思うんです。
 
事前の打ち合わせの通り、指示通り、決まったマニュアル通りに言おうやろうとするがあまり、目の前の人との対話がおろそかになって「痛い」思いをした経験は、少なからず誰しもあるのではないでしょうか。
 
組織や上司の「指示」とクライアントの「要求」の板挟み状態です。このコッチを立てればアッチが立たずの葛藤で悩むことってホント多いですし、大概そうやって支援者はクライアントに試されることばかりですよね。
 
そして「対話」は生き物なので、相手の反応や応答を無視した一方的なやりとり、打ち合わせ通りの理屈のゴリ押しは結局うまくいかない事を、私たちは直感的に知っています。
 
かと言って、抽象的な言葉が並んだ理念だけで「あとは気持ちだ」「見て学べ」「その場に合わせて考えろ」と本人に丸投げの人材育成もいまや通用しないというのは、現場の方々はよくご存知かと思います。
 
そこで、暗黙的な知識・情報を組織で蓄積するために、どのように記述し共有するか。
 
そんなかゆいところに手が届く、このblogのテーマそのものに手をつけたのが「パターン・ランゲージ」。
 
それは「これをこの手順でやるべきだ」という1つの大きな枠にはめ込むマニュアルやハウツー本とは違って、「いまの自分のやり方をベースとしながら、少しずつ拡張していくことの手助け」をする、各自の現状を肯定しながら成長していくためのクリエイティブ・メディアであると。
 
これ、離職率の高い児童福祉分野(もちろんそれ以外でも)で求められる人材育成の方法そのものではないでしょうか。
 
 
例えば、ひと昔前の経験の共有や伝承って、先輩の酒に付き合って、ありがたいお話しをダラダラ聴きながら、自分でコレぞという話を見つけ出して自分なりに咀嚼して活かすなんて形だったと思うんです。
 
だけど「パターン・ランゲージ」は、その大事なポイントだけギューっと凝縮して、キーワードで直感的にわかり即座に共有できる形にまとめてくれる。
 
昔の人からは「苦労は買ってでもしろ」「そんな甘やかすな」なんて言われそうですけど、入れ替わりが激しくて3年目くらいで後輩を育成する中堅扱いされる職場では、もはや、そんな悠長なこと言ってる場合じゃないと思うんです。苦労しているうちに辞めちゃいますから。
 
新人にはいち早く「コツ」を掴んで、いち早く「戦力」として活躍してもらわないといけない、というかロクな武器も持たされずに現場に放り出されている、というのが多くの現場の現状ではないでしょうか。
 
平成27年7月1日から虐待相談ダイヤル「189」(いちはやく)が開始されて約3年が経過しましたが、それに対応する人員確保、人材育成だって「いち早く」ですよね。
 
そもそも苦労して周囲のフォローなければ3年もせずに辞めるのは当たり前だし、この少子化の時代に替わりの人なんて簡単に見つからないですから
 
 
 
ちょっと最後は脇道に逸れてしまいましたが、施設の小規模化や里親委託推進の流れで、より支援者同士の対話の機会が減ってしまうだろう時代には、LSWにも経験を共有しやすく理論とマニュアルの間をつなぐような「パターン・ランゲージ」は必要であることは間違いないし、非常に役立ちそうな匂いがプンプンします、という紹介でした。
 
ちなみに、パターンランゲージをもっと詳しく知りたい方は、以下のサイトもオススメです(事例や動画も紹介されて本当にわかりやすいです)。
 
・パターン・ランゲージの情報サイト
 
Cocooking:パターン・ランゲージ事業
 
 
ではでは。