LSWのちょっとかゆいところに手が届く「まごのてblog」

静岡LSW勉強会の管理人によるコラム集

【第5回】子どもの悲しみによりそう 喪失体験の適切なサポート法③

メンバーの皆さん

おつかれさまです。管理人です。

実は明日に新居への引っ越しを控えていまして、電気屋さんにエアコンを3台取り付けしてもらっています。結構、時間かかりますね。

ということで、その隙間時間を使ってコラムです。

今回で
「子どもの悲しみによりそう 喪失体験の適切なサポート法」
の本文にようやく触れます。紹介内容はパート1。

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●目次
パート1  喪失に関する神話を見つめる
   第1章  問題はなにか?それはだれの問題か?
   第2章  神話I    泣いてはいけない
   第3章  神話II   悲しみを置き換える
   第4章  神話III  一人で悲しみに浸れ
   第5章  神話Ⅳ 強くあれ
   第6章  神話Ⅴ  忙しくせよ
   第7章  神話Ⅵ 時間がすべてを癒す

●コメント
『こどもは大人のまねをする』
パート1冒頭の文章です。支援者がすべき事をシンプルかつ本質的に気づかせてくれる言葉ですよね。

そして、本書では悲しみをこう定義しています。
『悲しみとは、身につき、なじんだ行動パターンが変化し、または終わることによって生ずる感情的な葛藤』
さらに、
『悲しみは、喪失に対する正常で自然な反応である』
『悲しみそのものは、病理的な状態でもパーソナリティ障害でもない』

正直、「悲しみ=感情の葛藤」の捉え方は目から鱗でした。例えば「引越し」って生活環境が変わってどうなるかなという「期待」だけじゃなくて「不安」も入り混じってますよね。葛藤いう表現なら、喪失に対するあの何とも言いようのない複雑な感情にしっくりきます。
   
そして、僕たちは子どもの頃から
「幸せな感情は良いもの。表現すれば褒められる」
「悲しみの感情は悪いもの。表現すれば叱られる」
という誤った常識の中で育ち、知らず知らずのうちに神話を信じて他の人に対しても使ってきたんだ!という気付きも目から鱗でした。

「良識を持って、常識を疑う」

誰の言葉か忘れちゃいましたが、そういうことですよね。

皆さんも神話I~Ⅶのセリフを過去に使ったことありませんか?僕なんてこれまで「すぐに彼女(彼氏)できるよ」と何回失恋した友人に言ったり、何回自分も言われてきたかわかりません(笑)

そして、そんな言葉やアドバイスよりも、ただ黙って話を聞いてくれる友人や、お酒やカラオケにひたすら付き合ってくれる友人の存在にどれだけ助けられたことか。

「ペットが死んだなら、週末に新しいペット買ってやるよ」って問題じゃないわけです。関係性は唯一無二ですから、代わりになるものなんてないわけです。

それを別の物や人で代替したり、忙しくしたり強がって忘れたフリしても、心にポッカリ空いた穴が埋まったり、モヤモヤが晴れることはないのです。

でも、人のもの盗ったり、新しいパートナーを次々見つけて心の穴を埋めようとする人は、幼い頃からそうやって悲しみに対処するように聞かされ見続けてきたのではないですか?

そうする大人たちの言葉や姿を。 

では、

『第1章  問題はなにか?それはだれの問題か?』

そう、大人自身の問題です。

しかし、悲しみという正常な葛藤の苦しみを無視して、
「アイツは異常だ」「発達障害だから仕方がない」
と片付けていることって結構ある気がします。

子どもにとっての一時保護や施設入所、措置変更って、大人の世界に例えたら、いきなり
「県外に転勤して、家も職場も言葉も文化も違うけど、明日から一人で頑張って」
と言われる位のインパクトだと思うんですよ。

行った先でケロッと元気でいる子の方が、シクシク泣いてる子より手間がかからないし適応的に見えるのですが、はたしてどちらの方が健康的で子どもらしい子どもなんでしょうか?

『こどもは大人のまねをする』

大人として、一人の人間として、自分の「幸せな気持ち」「楽しい気持ち」「悲しい気持ち」「悔しい気持ち」にそれぞれ正直で嘘をつかない心で、子どもたちに関わっていきたいものですね。
 
じゃあ、喪失の悲しみ=「感情の葛藤」をどう解消していくのかは、また次回パートⅡ以降で。

ではでは。