LSWのちょっとかゆいところに手が届く「まごのてblog」

静岡LSW勉強会の管理人によるコラム集

【第7回】子どもの悲しみによりそう 喪失体験の適切なサポート法④

メンバーの皆さま

おつかれさまです。管理人です。

本の紹介が終わり切ってないのに、前回もまた番外編コラムを投稿してしまいました。僕のAD/HD傾向がバレバレですね。

ということで、図書紹介に戻ります。

今回はパート2〜4までの「感情を未完から完結にするプロセス」について触れます。ここは非常に大事なポイントなので多少長くなるかもしれません。

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●目次
パート1   喪失に関する神話を見つめる
パート2  未完の感情を知る
パート3  未完から完結への道
パート4  発見から完結へ
パート5  その他の喪失
パート6  子どもと死を考える

●内容
まず「未完の感情」とは、
出来事の大小に関係なく相手に伝えられなかった感情のことで、蓄積されるもの、です。

これは悪いことだけでなく良いことに対しても起こります(例えば、プレゼントのお礼を言いそびれた)。

一般的に未完の感情は、
・自分が「言ってしまった」「してしまった」「言えなかった」「できなかった」こと
・他の人に「言って欲しかった」「して欲しかった」「言わないで欲しかった」「しないで欲しかった」こと
が要因になって起こる、と。

そして「感情の完結」とは、
変わってしまったか終わってしまった関係に伴う、伝えられなかった感情を発見し、直接的にあるいは間接的にコミュニケートして、その感情に対処すること、
と本書では説明されています。

さらに、伝えられなかったことや言えなかったことに気づく(発見)するだけでは、感情は完結までは行きつかない、と。

"情緒的な未完の(伝えられていない)感情は、言語化されなければいけない。そして、別の生きている人によって聞かれなければ、完結されない"

さらに、パート4の
第21章「繰り返すことvs自由になること」
では、こう書かれています。

繰り返すのは、ぬかるみに足を取られているから
・とくに強迫的に、死や離婚その他の喪失について繰り返し語る人は、痛みを伴う経験が完結していない。
・もっと悪い場合は、誰も話を聞いてくれない、あるいは助けてはくれないと感じ、その喪失が何であれ、喪失についての話をやめてしまい、感情を内面に葬り去ってしまいます。

自由であること(解放されること)は気分がいい
・自由は、子どもが伝えられなかった感情を発見し、伝えられた時に手に入る新たな感覚であり、また再発見した感覚。
・自由は、必ずしも悲しみの終わりを意味していません。しかし、痛みは終わりにすることができます。


●コメント
   感情やエネルギーの蓄積という文脈から、僕はある研修の内容が頭に浮かびました。

それは、ソマティックエクスペリエンス
「SE®(Somatic Experiencing®)は米国のPeter Levine博士が開発した、身体と神経系の統合をベースにした、安全で自然なトラウマ療法」
                                 (SE®Japan公式サイトより)

という身体志向アプローチの心理療法で「動物にはPTSDは起こらない」という説明のビデオ映像です。

それは、獲物を全速力で追っているシロクマの頭に遠隔麻酔銃を撃ち込んだ映像。ドーン!と撃たれたシロクマはその場に倒れるのですが、横に倒れたまましばらくバタバタ走る動作を続けるんです。その後、今度はブルブル全身を震わすんです。そして、麻酔が切れるとケロッと立ち上がり、何もなったかのように歩き始める。

何が言いたいかというと、
足バタバタ→「腹減ったー。獲物食べたいぃぃ!」
ブルブル震え→「頭撃たれた…死にたくない!怖いー」
という衝動や感情のエネルギー発散を、動物はその場ですると。感情の蓄積はないわけです。だからPTSDは起こらないそうです。

しかし、人間は

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理性を効かせる「大脳新皮質」が発達しています。「大脳辺縁系」までしか発達していない動物は感情ダダ漏れのところ、人間は理性で感情を押えつけることができちゃうのです。

例えば、街中でだいの大人がスッ転んだとします。すると周囲に見られて恥ずかしいので、「痛ってぇぇー」等と声を出して泣きわめくこともなく、「何でもありませんけど」顔でムクっと立ち上がり何事もなく歩き出すわけです。身体感覚から来る感情を抑圧したまま。

おそらく、あとで「いや〜さっき街中でこけちゃってさぁ。恥ずかしいし痛いし最悪だったわぁ〜」と他の人に話せれば、感情が完結に向かうんでしょうけど。


またPeter Levineは著書で、
・恐怖、痛みを伴う喪失体験=「トラウマ」
・恐怖、痛みを伴わない喪失体験=「グリーフ」
と整理し、グリーフは語ることで癒されると述べていますが、

今回の「未完の感情」という概念は、良い事にも悪い事にも当てはまり、トラウマにもグリーフにも適応できる、なんとシンプルでスッキリとした美しい理論だと、思ったわけです。

つまり、過去にトラウマ体験があろうとなかろうとLSWでは、喪失体験を扱いながら「未完の感情を完結に向かわせる手助けをする」ことを目標に定めれば、支援の方向性が大きく間違うことはないと思うです。

ただ、トラウマのフラッシュバックは安心感を損なわせますから、安心感のある語りを担保するために、必要なら、その人と治療者の状態と特性に合った心理療法を行い、まず身体感情レベル(辺縁系、脳幹)で安心してもらってから、認知理性レベル(新皮質)で感情体験を語ってもらえば良いと、僕は考えています。



そんなことを考えていると、反町隆史のアノ名曲が僕の脳裏によぎりました。

「 言いたい事も言えないこんな世の中じゃpoison
     俺は俺をだます事なく生きて行く♪」

言いたい事を溜め込んだら、心と身体に毒なんですね、本当に。

でも、さすがにGTO(グレートティチャー鬼塚)みたいに自分の感性感覚に正直に破天荒には生きられないので、未完の感情を溜め込まないよう信頼できる人に話しや愚痴を聞いてもらいましょう。

しかし、GTOの作者:藤沢とおる氏が児童養護施設出身で、主題歌のpoisonのサビがこれって、メッセージ性あり過ぎですよね。

意図的なのか、偶然なのかは、わかりませんが。


●最後に
実は今回は触れていない大切な内容があります。それは、未完の感情を表現するのを助ける4つの基本カテゴリー「謝罪」「許し」「情緒的に重要な言葉」「楽しい記憶」についてです。

これも実に重要な話しなので、次回に詳しく触れていきます。

ではでは。