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静岡LSW勉強会の管理人によるコラム集

【第42回】胎児期のバイオサイコソーシャル

メンバーの皆さま
 
こんばんは。管理人です。
 
臨床心理士の方はわかると思うのですが、ここ数日、国家資格になる「公認心理師」の受験情報に振り回されて、正直ホトホト疲れています。
 
あの受験資格の案内を正確に解読できている方って、どれくらいいるんでしょうかね。履修科目の振替とか…もはや、あれを読み解くのが一つ試験ではないかと思うくらいです。
 
結局のところ講習会(7万円+テキスト代別)を受ける必要があるのか、ないのか?よくわからないまま、もう来週には先着順の申し込みが開始されちゃうし…
 
新しい環境の変化に適応するのって、やっぱり大変です。
 
心理士でない方にはよくわからない話でスミマセン。ただの愚痴です。
 
では、コラムです。
 

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●目次
第1章 羊水の海で
第2章 胎児の意識の始まり
第3章 母親のストレスと胎児のこころ
第4章 子宮は学びの場
第5章 出生体験は性格の形成にどう影響するか
第6章 新生児の感覚と神経はこうして発達する
第7章 「親密さ」という魔法
第8章 経験が脳をつくる
第9章 初期記憶のミステリー
第10章 他人に子どもを預けるとき
第11章 間違いが起こるとき
第12章 子どもの「善意」の基盤をつくる
第13章 意識的な子育て



●内容
今回は「はじめに」と「第1章 羊水の海で」を要約で。今回もトピック3つでまとめました。

【1.胎内環境×脳の発達】
~この10年の間に、神経科学発達心理学の分野で革命的な発見があった。…「子どもの脳は、受精の瞬間から環境によって作られる」というのである。

~遺伝学者のほとんどが、いまだに、脳は遺伝子からの一方的な指示にしたがって発達すると信じている。…しかし、神経科学の最新の発見を見れば、こうした考えが明らかな誤りであることがわかる。

~人の脳は生涯を通して体験に敏感に反応するが、出生前および周産期(妊娠後期から新生児初期まで)という決定的な時期での体験は、脳の構造そのものを決めてしまう。

~最新の発見を知れば、人生最初の三年間にさまざまな能力が少しずつ着実に身についていくという考え方が、まったくの誤りであることがわかる。実際学びと言うのは爆発的に起こる。脳のスキャンの画像を見れば、言語、音楽、数学などの各能力が、決まった順序で、脳それぞれの部位が激しく活動している間に急激に身につくことがわかる。

~最新の脳科学は、人間の情緒と自意識が生後一年どころか、それよりもずっと前、すなわち子宮にいるときに生まれているという事実を明らかにした

受精から始まる子どものあらゆる初期体験が脳の構造に大きく影響することも、最近の研究によって明らかになった。産道を降りるときも、公園で過ごすときも、子どもは全ての体験を脳の回路に組み入れている。

脳がたった一つの細胞から1000億の細胞に成長していくプロセスで、つまり受精からの瞬間からずっと、環境とのかかわりが脳をつくり続けているのだ。

胎児の発育にとって母親自身の食生活が重要であるのは言うまでもないが、…それよりももっと重要なものがあることがわかっている。それは、母親の体からの入力信号である。

~妊娠中に母親が感じたことや考えたことは、アルコールやニコチンと同じくらい確実に、神経ホルモンを通して胎児に伝わる。コンピュータウィルスが、感染したすべてのシステムのソフトウェアを徐々にむしばむように、母親の不安やストレスが、子どもの脳の配線を少しずつ組みかえ、知性や人格を変えていってしまうのである。


【2.脳のネットワークと進化論】
神経細胞ニューロン)はそれぞれの目的地に到達すると、次のネットワークづくりのために、"樹状突起"と呼ばれる枝を出す。

~妊娠中期から、ニューロンとそこから突き出た軸索、そこに生い茂る樹状突起からなる複雑なネットワークが、シナプスと呼ばれる連結部を介してコミュニケーションを取り始める。

~遺伝子は脳の基本的な発達のための設計図を示しはするが、個々のニューロンが最終的にどの位置につくか、どのような経路をたどるか、他のニューロンとどう関わるかといったことは、初期の環境からの入力情報に大きく左右される。

~この入力情報とは、例えば栄養や健康状態、タバコやアルコールなどの毒素の有無、継続的な音の動き、母親の気分やそれに応じて放出される神経伝達物質子宮内の環境(双子のきょうだいがいるか等)である。こうした入力情報がすべて他人と同じであるということはあり得ない。

~広く受け入れられている考え方によれば、あらゆる種は、遺伝子の突然変異によって進化する。…しかし、最近になって、ダーウィン説よりも説得力のある説が登場した。それは、…"方向性を持つ進化"説である。

~科学者たちは、生物を、環境が突きつける要求に応じて遺伝子を積極的に書きかえる能力のある"動的システム"であると捉えるようになった。

~どんな生物でも、生存のための行動は二通りである。一つは成長を促す行動(例:栄養物や安全な環境を探すことや、種の保存のための交尾など)、もう一つは身を守る行動(危険回避)行動である。細胞レベルでいえば、対象に立ち向かっていくのが成長行動、対象から遠ざかるのが防衛行動である。

~決まっていた発達の道筋が、外の環境に応じて、生長か防衛かの方向に切り替えられる。胎児が成長と防衛のプログラムのどちらかを選ぶかは、他のあらゆる
生物の場合と同じく、その胎児自身が環境から何を知覚したかで決まる。

~こうした知覚は、生まれた後の子どもには、無数の経路を通って届く。しかし、胎児の場合、唯一の経路は母親である。

~不幸な例をあげれば、妊娠中の女性が災害に見舞われて、あるいは夫から暴力を受けて、悲嘆にくれていたとしよう。その場合、その女性のお腹の子どもに、たえず悲しみのシグナルを送ることになる。そうなると、子どもの脳におけるバランスは、防衛優先になる。逆に、母親が愛され、守られている環境にあることがシグナルを通して胎児に伝われば、成長を促す遺伝子プログラムの選択が促される。

細胞生物学者のリプトンはこう述べている。
~「この決定的な重要な"愛か不安か"のシグナルは、母親が環境をどう知覚したかに応じてつくられた血液中の分子を介して、胎児に伝えられる」

~「母親の発する信号が胎盤を通して無条件に胎児に伝わってしまうことは、一見、自然のメカニズムの"欠陥"と思えるかもしれない。しかしこれは実際には、設計上の欠陥であるどころか、子どもに、まもなく入っていく世界でうまくやっていけるように準備させるための自然の法則なのである」


【3.栄養素や薬物、感染症よる影響】
~胎生初期(後期ではない)に飢饉の冬を経験した人は、統合失調症になった率が、そうでない人の二倍だったことがわかった。

アルコール依存症の母親から生まれた乳児の脳波を見ると、脳の動きが極めて不活発であることがわかる。この傾向は、言語能力や記憶力、論理的な思考に決定的な役割をはたす脳の左半球でとくに著しい。

~タバコに含まれるニコチンが脳細胞の成長を阻み、細胞間にメッセージを伝えるドーパミンなどの重要な神経伝達物質の再吸収(回収)を妨げることがわかっている。

妊娠中に毎日10本以上のタバコを吸った母親から生まれた男の子は、タバコを吸わない母親から生まれた男の子に比べると、行動障害を示す率がはるかに高いことが確かめられた。

~最近になって、発育遅延や学習障害行動障害とドラッグとの関係が脳科学によってようやく裏付けられた。コカインは、胎生初期には大脳皮質の外周へのニューロンの移動を乱し、胎生後期にはシナプスの形成を阻害する。

~妊娠中の麻疹が子どもの精神遅滞脳性麻痺聴覚喪失といった神経系の障害の原因になることはかなり前から知られている。さらに、妊婦の麻疹が統合失調症あるいは自閉症などの子どもの精神科系の障害のリスクを高めることも、最近の研究により確かめられている。


●コメント
まず断りを入れておかないといけないのが、本書の原書「Pre-parenting:Nurturing Your Child from Conception」は2003年、訳書である本書「胎児は知っている母親のこころ」は2007年、引用論文はだいたい90年代のものです。
 
つまり、「最近の」とか「最新の」「ここ10年の」は現在から10~20年前時点のことであると言うことです。だから時代遅れということではなく、むしろ思うのは、この時点でこんな本が既にでていたんだな、と。
 
僕みたいないち受講者レベルがオキシトシン等のホルモンや脳科学の話を研修等でよく耳にするようになったのは、感覚的にはこの5~10年前後くらいのような気がします。
 
本書では、脳科学的にはフロイトピアジェの発達論は間違っているとハッキリ書かれていますが、新しい事を受け入れる時の抵抗と言いますか、パラダイムシフトする時は当然ながら時間がかかると言うことなのかな、と思いました。
 
小見出しに【胎内環境×脳の発達】と書かせてもらいましたが、内容的には完全に今まで扱ってきた「バイオサイコソーシャル」の「社会×生物」の相互作用の話しですよね。
 
また、
~遺伝子は脳の基本的な発達のための設計図を示しはするが、個々のニューロンが最終的にどの位置につくか、どのような経路をたどるか、他のニューロンとどう関わるかといったことは、初期の環境からの入力情報に大きく左右される。
 
という「環境×遺伝子」的な考え方は「エピジェネティクスと呼ばれるものですよね。下記のサイトくらいだと、化学記号とかなしで堅苦しくない感じの説明になってるので、ご存じない方は良ければ参考にして下さい。
 
考えてみれば、妊娠時の病気が胎児の発達に影響を及ぼすことは一般的にも広く信じられているのに、妊娠母の精神状態による胎内環境の変化が胎児の発達に影響を与えない、と考える方が不自然な気がします。
 
なので、
~脳のスキャンの画像を見れば、言語、音楽、数学などの各能力が、決まった順序で、脳それぞれの部位が激しく活動している間に急激に身につくことがわかる。
 
は、比較的すんなり受け入れられますし、胎生後、出生後いつくらいに脳のどの辺りが劇的に発達するか具体的な時期も後章に書いてあるので、なるべく整理して紹介したいと思います。
 
でも、
~母親の不安やストレスが、子どもの脳の配線を少しずつ組みかえ、知性や人格を変えていってしまうのである。
 
の「人格、性格」の部分もそうなのと懐疑的に思う方もいらっしゃるかと思います。ただ本書によると我々の行動選択は、原始的な細胞レベル、胎児期の成長優先か防衛優先の遺伝子プログラムの選択の影響を受けている、と。
 
つまり「生物ー心理ー社会」の心理面(サイコ)が胎児からの環境面(ソーシャル)に影響された→遺伝子選択(バイオ)に影響を受けていると。
 
加えて、
第5章 出生体験は性格の形成にどう影響するか】
では「遺伝と環境だけで人格をじゅうぶんに説明できないときは、きょうだいの中での出生順を考慮に入れてないからだ、という意見がある」と触れられています。
 
具体的には、きょうだいの中での役割、親の期待や好みと言った出生後の「社会」的要因が違う点、そして脳の成長に不可欠な連鎖の長いオメガ三系脂肪酸の量が妊娠を重ねるごとに減少していくことが多いという母親側の「生物」的要因、胎児側なら「環境」的要因について触れています。
 
それと個人的に思うのは、母親視点に立つと、初子とそれ以降の第二子第三子の育児って、妊娠時に子育てしているかしていないか、母親がゆったりした気持ちで過ごせるのかテンテコ舞いなのかが全然違うと思います。もちろん、きょうだいの年齢差と夫や親族支援の状況によりますが、母親の生活状況や精神状態が違う=同じきょうだいでも胎内から生育環境が違う、ということになるので、そりゃ性格も違うよなと思います。
 
これは母親の「社会×心理」の要因が、胎児の「胎内環境×脳の発達」に影響するだろうと言うことです。このように「生物ー心理ー社会」つまり「バイオサイコソーシャル」で考えると情報がスッキリしやすいです。
 
もちろん、遺伝子的な要因として、
・「ドーパミンD4遺伝子の多型」
衝動的で飽きっぽい傾向ADHDのリスク遺伝子として裏付けが進んでいる
・「セロトニン・トランスポーターの多型」
不安やうつ・攻撃性と関係が強いセロトニンを取り込むのトランスポーターの長短によって、環境から影響の受けやすさ受けにくさが変わってくる。
 
という面もあるようですが、その遺伝子オンオフもまた環境に影響されると。やはり「環境×生物」です。
 
ちなみに人種や地域差で言うと、母親の影響を受けにくいセロトニントランスポーターの長いタイプの多型を持つ子どもは、白人は6割だが、アジア人種は1/3にとどまるそうです。参考「発達障害と呼ばないで」岡田尊司 2012)
 
つまり、欧米人より日本人の方が良くも悪くも環境の影響を受けやすい子が多いと。この辺りは西洋と東洋の文化差を、遺伝子レベルで考察しているようで面白いです。
 
 
最後に、
LSWに絡めると、成長優先か防衛優先かの遺伝子プログラムの選択は、その人の時間志向性に影響しないのかな、なんて素朴に思いました。
 
というのは、成長を促す行動(例:栄養物や安全な環境を探すことや、種の保存のための交尾など)は、未来について肯定的な展望をもった行動のように思えるし、を守る行動(危険回避)は、未来や過去に過剰に焦点が当たって個人的未来が脅威や恐怖になっている状態に近いかもな、と。(参照【第40回】)
 
そして、本書の副題が「子どもにトラウマを与えない妊娠期・出産・子育ての科学」であり、前回コラムで出産時のバーストラウマの話に触れましたが、胎児期に防御優先(危険回避)の遺伝子プログラムを選択をするような環境って、もはや胎児期のpreバーストラウマ体験なんて捉えてもいいのでは、と思ってしまいました。
 
すると、時間志向性の傾向や、将来を前向きに考えられるかどうかの資質は、胎児期の遺伝子プログラムの選択つまり胎児期の生育環境によって、すでに結構決まっている可能性もあると思うんです。
 
資質っていうのはすごくシンプルに考えると「安心体験」と「恐怖体験」の総量や割合みたいなイメージです。安心体感の貯金が多いケースは、生い立ちの途中に大変なことがあっても立ち直っていく感じがしますが、胎児期から過酷なケースはやはり予後は難しいし、安心体験を増やそうと思ってもなかなか逆転できない印象があります。この割合を測る指標の一つが「アタッチメント」になると思うのですが。
 
そして、その体験の総量は出生後だけでなく、出生前の胎児期を含めて。低年齢ほど主観的な時間は長いし、耐性は出来上がってないので、当然、体験の重みづけというか後々に残るインパクトは大きいんだと思います。
 
やっぱり、過去ー現在ー未来が繋がりにくい、積み重ねが難しいとされる子の状態は、時間の連続性が繋がってしまうと耐えられないような過酷な環境への適応スタイルの結果として見る視点は、忘れてはいけないなと。
 
まぁ、本当に悩むケースは、そもそも妊娠期~新生児期の情報が取れないから困るわけなんですけど…
 
伝え方やプロセスによる差はもちろんありますが、過去を整理した結果として、未来の展望がもてたり、将来に肯定的になれるかどうかの程度は、受け手側の資質の差というものも大きい気がしています。 
 
だからLSWが無意味ということではなく、染み渡りや汎化には個体差があるし、その変化にどう価値を置くかもまた個人差はあるだろうと。言いたい事は、支援者側の「過去ー現在ー未来は繋がらねばならない」という価値観の押し付けになったり、その効果を求めすぎるのは、やはり違うだろうと言うことです。
 
この辺りがLSWに即効的な効果を求めたり、一律の効果測定することの合わなさなんだと思いますが、一般的に支援と言うと「何か悪い原因を見つけて取り除く、そして状態が良くなる」みたいな直線因果的な治療的アプローチのイメージをされがちなので、畑違いの人にその辺を伝えるにはどうしたらいいのかなぁ(そもそもどこまでわかってもらう必要もあるのか)なんて最近思っています。
 
ではでは。