LSWのちょっとかゆいところに手が届く「まごのてblog」

静岡LSW勉強会の管理人によるコラム集

【第46回】愛着形成とオキシトシン

メンバーの皆さま
 
こんばんは。管理人です。
 
はやくも11月ですね。だいぶ朝晩は冷えてきたので、毛布と布団をかけて寝るようになったら、秋を通り越して冬気分になりました。
 
少しでも過ごしやすい秋が続いて欲しいものです。
 
で、今回「胎児は知っている母親のこころ」の『第7章「親密さ」という魔法』という愛着とオキシトシンの話をもって本書は終わりにしようと思ったのですが、いろいろ調べているうちに、どんどん書きたい情報や連想が膨らんでしまったので、調べたことを思いのままに書かせてもらいました。
 
一応、後付けで3つのトピック(アタッチメントの生物学/社会文化的な適応とオキシトシン/過去の語りとオキシトシンに名付けてみましたが、かなり思いつくままに継ぎ足し継ぎ足しで書きましたので、多少の散文はお許しください。
 
 
●コラム
愛着(アタッチメント)とは、子どもと養育者との間に生まれる絆のことを言います。
 
「愛着」は、愛着理論の専門用法を指しているので、一般の愛着と勘違いのないように今回はあえて「アタッチメント」と呼びます。
 
(※愛着の一般的用法と専門用法の違いは【第29回】コラム参照)
 
 
■アタッチメントの生物学
アタッチメントという現象の特異な点は、心理学的のみならず生理的、身体的な結びつきということ。そして、愛着は生物学的な現象であり、その歴史は人類の歴史よりはるかに長いものだそう。
 
アタッチメントには、いくつかの生物学的な仕組みが関わっていますが、中でも子育てに特に深く関わっているのが、オキシトシンというホルモン。オキシトシンは、別名「愛情ホルモン」「幸せホルモン」と呼ばれていて、ストレス緩和や不安の鎮静、また安心感や幸福感を高める作用があります。
 
オキシトシンの不思議な性質は、その相互的な関係性で、母乳をあげている時、大量にオキシトシンが分泌されることがわかっていますが、それは世話を受ける側だけでなく、世話をする側でもオキシトシンが分泌が促され、双方に幸福感をもたらします。
 
子どもでなくても、ハグやスキンシップが心地よさと慰めを与えるのは、オキシトシンの作用によるものと言われています。
 
ちなみに、下記の記事『オキシトシン分泌を増やす方法とは!? 専門医師が解説! vol.2』等によると、
性行為やエステなどの触れ合いでもオキシトシン分泌は起こると。確かに、どんなに匠の技を再現した最新式マッサージチェアーでも、やっぱり人の手によるマッサージとは違うなぁと感じるのは、オキシトシン分泌が関係していたということなんだと思います。
 
さらに、精神的な触れ合いでもオキシトシン分泌は起こると。例えば「おしゃべり」、井戸端会議や会社帰りに一杯なんていう行為もそれに当たると。
 
ただ、メールやLINEのやり取りではオキシトシンは分泌されないという事ですから、精神的な触れ合いとは、会話おしゃべりの内容(文章として何を言ったか)ではなく、視線があったり、応答する声の調子や大きさ・タイミングといった非言語的なやりとり(どのような様子で言ったか)を指しているという事です。
 
また、ペットや動物とのスキンシップでもオキシトシン分泌されることや恋人などと視線を合わせる行為でお互いにオキシトシンが分泌されること、そして、愛犬と目を合わせると人間側にはオキシトシンが分泌されるという報告もあることから、精神的触れ合いや情緒的やりとりが、いかに言葉を介さないものかがわかります。
 
これは従来「情動調律」と呼ばれて説明されている、赤ちゃんの情動(瞬間的で持続しない喜怒哀楽。感情は気分など比較的弱くて持続的な気持ちも含む広い概念)に大人が応答することで感情調節を身につけていくというシステムでも説明できて、これを生理学的に言うとオキシトシンシステムの獲得になるということなんだと思います。
【参考】『情動調律〜感情の調整力や安定性はどこから発達する?〜』
 
 
また、オキシトシンには、痛みや辛さを和らげる作用もあるので、女性が出産の激痛を乗り越えられるのも、陣痛と同時に大量に放出されるオキシトシンの働きによるもので、その後、出産後のボロボロの身体にも関わらず寝不足になりながら新生児の子育てができるのもオキシトシンのおかげと言われています。
 
また愛着が生理学的現象であるということもあって、愛着には形成可能な「臨界期」があり、いつでも起こるわけではないと。その臨界期は生後一歳半頃までとされ、この時期に子どもは養育者の顔、とりあけ目を熱心に追うため、スキンシップだけでなく、微妙なタイミングの良い視線や声かけの応答によって、養育者の脳に「同調」し、幸福感を感じるオキシトシンが放出されるシステムを獲得していくと。
 
ちなみに、このオキシトシン・システムが弱いと、ストレス全般の抵抗力が弱く、不安が高まりやすいそうで、ちなみに、安定型の愛着スタイルを持ちオキシトシン分泌が活発な人に比べ、不安定型の愛着スタイルの人は同じストレスで、ストレス・ホルモンであるコルチゾールが上昇しやすいとのこと。
 
と考えると、「痛いの痛いの飛んでけー」の効きが良いか悪いかも、オキシトシンシステムがどの程度獲得できるかによって説明できるんでしょうし、それは安心感によるただの「おまじない」や「気のせい」ではなく、もともと人間や動物が生物学的に獲得してきた痛みやストレスの緩和システムである、と。
 
赤ちゃんを見ると「かわいい〜」と思ったり癒される人が多いと思いますが、それはオキシトシンが分泌されている状態で、逆に赤ちゃんを見ても「別に」みたいな、極端だと我が子を見ても可愛いと思えないと言うのは大人側のオキシトシン・システムが上手く機能していない状態と言えると思います。
 
従来のアタッチメント理論は「心理ー社会」的側面で、スキンシップや情動調律→愛着形成(絆や心理的な結びつき、安全基地の獲得)という説明されてきたと思います。しかし、オキシトシン・システムという生理学の側面を加えることで、アタッチメントをバイオサイコソーシャル(生物ー心理ー社会)で説明することが可能になってきたと僕は理解しました。
 
ちなみに、最近の生物学的な研究では、オキシトシン動物の「共感性」における進化的役割を果たしているのではと言う話もあるようです
【参考】
 
さらにアタッチメントから脱線しますが、自閉症スペクトラム会性やコミュニケーションの障害の治療にオキシトシンが効果があるのではという話もあるようです。しかし、これは研究結果が割れていて、一部効果が認められるが、ASD全ての人に当てはまるわけでないというのが現状のようです
【参考】
 
これらから思うことは、情動調律でも同調でも、乳児期が適切なタイミングで情緒的応答をされることで、大人子ども双方が幸福感(オキシトシン分泌)を得られ、それは生涯にわたる不安・ストレス耐性だけでなく、何より人との関わりや情緒的交流に心地よさを感じる程度、つまり対人交流やコミュニケーションの動機の根源につながりそうだ、という事です。
 
 
■社会文化的な適応とオキシトシン
話題を生物学から社会学的な話に一気に振りますが、先ほど紹介したコラムの後編『オキシトシンがもたらす幸せ効果とは!? 専門医師が解説! vol.3』では、
 
若者の恋愛離れをオキシトシンで説明していますが、さらに面白かったのが「オキシトシン社会は成熟社会」という話し。エリートが40歳、50歳くらいで挫折しやすいが、それは競争社会で必要なドーパミン「快」の感情をつかさどる脳内ホルモン)分泌が盛んな状態はずっとは続かないからで、「夢を追う」幸せが得られなくなったとき、必要になってくるのが、人との関わりによる幸せなんだ、ということです。
 
当たり前ですが、社会的な情勢(環境)によって、環境適応に適しているホルモン状態は異なるということかな、と。例えば、ドーパミンが豊富でバリバリ肉食系な人材が求められる環境もあれば、オキシトシンが豊富で温和な人材が求められる環境もあり、どちらが良い悪いではなく適材適所、時代や国によって適応的なスタイルが異なるということなのかな、と。
 
動物でも似たようなことが起こるようで、閉じた柵に犬とヤギを入れて一緒に遊ばせた後、血中濃度の変化を見ると人間レベルのオキシトシン上昇があるみたいですが、ポイントは家畜化された動物だけがこうした反応を示すと。「社会性の高い動物ほど脳の前部で高いオキシトシン濃度が認められます。これが協力関係に心地よさを感じさせるのです」
 
おそらく野生動物は、戦国時代のサムライが刀を持って座って寝るみたいな、いつでも臨戦態勢を整えていないと天敵にやられてしまうし、「生き延びる」ことを最優先するホルモン状態に自然と適応してるんだと思います。逆に家畜は、狩りをすることもされる事もないですから、その環境の中で快適に幸福に過ごせるホルモン分泌システムを獲得していると。
 
なるほど以前に【第42回】コラムで、環境からの影響の受けやすさに関係するセロトニントランスポーターの多型(バリエーション)」と、その母親の影響を受けにくいセロトニントランスポーターの長いタイプの多型を持つ子どもは、白人は6割だが、アジア人種は1/3にとどまることに触れました(参考「発達障害と呼ばないで」田尊司 2012)
 
が、動物だけでなく人間にも似たことが言えて、多数派が「他人に影響されやすい派」か「影響されにくい派」のその国の集団文化の違いで、適応的なスタイルは異なるし、それに合った子育てもまた違うのではないかと。
 
例えば、伝統的な子育ても、日本人は密着型で境界が曖昧、一方アメリカの子育ては0歳から自室で一人で寝させるように境界をしっかりするといった明確な文化差がありますよね。これってどちらが良い悪いではない気がするんです。
 
どこかの新聞の投稿記事で、アメリカ型の子育て本を鵜呑みにして早期から自立を促すような関わりをしたら、ひどい癇癪持ちになって散々だった、という内容を読んだことがあります。伝統的な子育ては、先人たちがその国や文化の中で、その子がなるべく社会の中で適応しやすくなるような子育ての試行錯誤を経た結果を、科学的にではなく直感的に選択し受け継がれてきた形なのかもしれないな、とも思います。
 
現在では、欧米でも「インファント・マッサージ」という乳児に対してマッサージ、肌の触れ合いをすることで、アタッチメント形成に効果があって推奨されていますが、それはインドの看護師が考案したもので、もともと東洋では古からやってきた子育ての効用を言っているような気もします。
 
マインドフルネスの流行りにも感じますが、これは現代の欧米社会で適応的な価値観や人間の生理学的な状態が東洋文化的なものに寄ってきていることを表しているのかもしれません。また逆にアジア圏では欧米的な生活スタイルや文化が取り入れられて、昔よりは東洋人の価値観や生理学的状態が欧米的になってきている、という西洋東洋お互いの「文化の折衷×人間の適応」つまり「環境×生物」の変化の相互作用が起こっているのかな、と。
 
なので、西洋東洋、南米北米、アフリカなど何処の子育てが優れているかということではなくて、インターネットの普及によって、国や文化や情報のやりとりがグローバル化ボーダレス化しつつある時代や社会において、適応的な人間の状態は何なんだろう、という進化適応の過程に今現在われわれは晒されているという見方も出来るかもしれませんね。少し話が大きくないなり過ぎました。
 
 
■過去の語りとオキシトシン
最後に、LSWに直接関係しそうなオキシトシン話としては、英国科学アカデミー紀要から発行された学術誌によると、男性を対象にオキシトシン投与が行われ、過去に母親と「良い関係」を持っていた被験者は母親に対する思い出がより素晴らしい物になり、過去に母親と「酷い関係」を持っていた被験者でも、母親に対する怒り等の負の感情の低下が認められたという報告があるそうです。
 
他も含めて論文を直接みていないので想像にはなりますが、おそらくオキシトシンが豊富になると、過去のオキシトシン分泌の状態の身体記憶が想起されやすかったり、幸福感やストレス緩和によって、他人(過去の母親)にも寛容になったり許すような気持ちになりやすくなるのかなぁ、と予想します。
 
現在の状態が荒れた状況でLSWをしても、「どうせ家族に捨てられたんだ」なんてネガティヴなストーリーになりやすいことは、実践家の皆さんは肌感覚でわかると思います。しかしながら、生活が落ち着いた状態、つまりオキシトシンシステムも機能してストレス耐性もそこそこある状態なら「お母さんも当時は大変だったんだね」「もういいよ」と目の前にいない家族に対して共感的な解釈やストーリーを描きやすくなるかも、という事を想像させる報告だなぁ、と思いました。
 
何やらオキシトシン・システムは「レジリエンスにも通じる話だなぁ、とも思いました。もちろん、レジリエンスは非常に広い概念で、その時の社会的サポートなど様々な要素が含まれると思いますが、その要因の一つとして、おそらく乳幼児期に獲得できたオキシトシンシステム機能の影響も大きいんだろうなぁ、と思います。
 
 
もちろん、愛着(アタッチメント)がオキシトシンシステムだけで説明がつく訳ではないとは思いますが、今まで「まぁ、起こってる現象はそうなんだろうけど…」とイマイチしっくりこなくて正直とっつきにくかった愛着(アタッチメント)の話が、今回オキシトシンにまつわる書籍や情報を集める中で「生物ー心理ー社会」(バイオサイコソーシャル)での整理がスッキリついて、個人的には知識が腑に落ちるような体験となりました。
 
やはり近接領域の他分野の話は面白いですね。
 
ではでは。