LSWのちょっとかゆいところに手が届く「まごのてblog」

静岡LSW勉強会の管理人によるコラム集

【第41回】初期記憶のミステリー

メンバーの皆さま

こんばんは。管理人です。

実は私、今年度から乳児院に関する事業を担当してまして、現在、仕事絡み+勉強を兼ねて「胎児~乳児期」の発達に関する本をいくつか読んでいます。

それが脳科学、生物学、アタッチメント、発達障害子育てと広がっていくと、それぞれの理論は「生物ー心理ー社会」の側面を切り口を変えて言っているだけで結局は繋がってお互いに影響し合っているよなぁ、とつくづく感じます。

と言う理屈を付けて、「バイオサイコソーシャルアプローチ」の紹介の途中ではありますが、通勤中が一番時間が取れるので、しばらく脇道に逸れまして「胎児~乳児期」の知識をまとめる思考プロセスにお付き合いいただければと思います。

まず取り上げるのは「胎児は見ている」で有名なトマス・バーニーの続編。ちなみに原著の題は「Pre-parenting:Nurturing Your Child from Conception」なので、直訳なら「育児前:胎児から子どもを育てる」という感じでしょうか。胎児期からの環境や刺激が、脳や神経系の発達に及ぼす影響について書かれた本です。

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●目次
第1章 羊水の海で
第2章 胎児の意識の始まり
第3章 母親のストレスと胎児のこころ
第4章 子宮は学びの場
第5章 出生体験は性格の形成にどう影響するか
第6章 新生児の感覚と神経はこうして発達する
第7章 「親密さ」という魔法
第8章 経験が脳をつくる
第9章 初期記憶のミステリー
第10章 他人に子どもを預けるとき
第11章 間違いが起こるとき
第12章 子どもの「善意」の基盤をつくる
第13章 意識的な子育て

●内容
全部の章を一つ一つ取り上げるつもりはありませんが、今回はLSW的に関連が深い「記憶」についての、第9章「初期記憶のミステリー」を紹介します。

ちなみに学術的なところを超要約して3つのトピック(記憶の起源/顕在記憶と潜在記憶/出生の記憶)の一部を紹介します。しっかりしたものを知りたい方は本書を確認してください。

【1.記憶の起源】
~記憶とは何か。そして、それはいつ始まるのか。

~長いあいだ、人の記憶ーそれまで-それまでの人生の一瞬一瞬をとぎれなくつなぐ意識の連なり-は、3歳前後からスタートするものと考えられていた。

~どこまでさかのぼることが出来るのかは個人差があるが、私たちが自分の歴史と考えている意識の連なりは、たいてい3、4歳で行き止まりになる。

~多くの人が、記憶は不思議にも3、4歳でスイッチが入るものと考えている。しかし、それは単純に間違いである。私たちは3歳になるまでよりもずっと前から、考え、感じ、学んでいる。

~はじめは卵子精子が合わさって一つの細胞となり、次にそれが分裂を繰り返して複数の細胞となる。こうした初期の細胞の生物学的な"体験"が、記憶の先駆けとなる。

~細胞か記憶するなんてどうも信じられないという人は、人間の免疫系について考えてみるといい。免疫系は細胞が感染性の侵入物を見極め、それを"記憶"することによって体を守っている。

~過去の研究から、免疫系の働きは潜在意識レベル(自律神経レベル)で決まると考えられてきた。しかし、1990年代になって、免疫系が意識的にもコントロールできることかハワード・ホールの研究によって明らかになったのである。

~ホールはまず、被験者に覚醒した状態でのリラクセーション、イメージ誘導、自己催眠、バイオフィードバックなどの自己調整法の訓練をほどこした。その後、対照群との比較によって、訓練を受けた人たちにはこれらのテクニックを用いて意識的に、白血球の粘着力(唾液や血液の検査で確認できる)を強める力があることを示した。

~脳と免疫系は双方向の経路を介して、常に連絡を取り合っている。そのため、たとえば脳にストレスが生じれば、免疫反応は低下する。これはおそらく、免疫というのは生存の長期的な戦略だからだろう。どんな生物も、外からさしせまった危険があるときには、短期的な防衛あるいは回避手段のほうにエネルギーを集中しなければならない。

~心に蓄積された記憶の反映である情緒が、免疫反応の強さに影響することは以前から知られていた。しかし最近では、この逆もまた正しいことがわかった。免疫細胞に記録された記憶が、脳や働きに影響し、気分や情緒を支配して行動を左右することがわかったのである。

~この理論はその後さらに発展した。現在では、体験し、記憶し、コミュニケーションをとることができる細胞は、脳と免疫系の細胞だけではないことがわかっている。

~シュミット(1984)は、"情報物質"という言葉を用いて、伝達物質やペプチドやホルモンその他の体や脳のなかで変動する要素全体を表した。リガンドとも総称されるこの情報物質は、ちょうど鍵が特定の錠だけに合うように、それぞれ決まった細胞の受容体だけに付着する。

~リガンドが全身に流れるメカニズムは、神経系よりも明らかに昔から生物に備わっており、神経系よりもずっと基本的なメカニズムである…細胞の種類は多様だが、どの細胞も共通して、細胞外に情報物質の流れをつくり、感情や気分や記憶をそこに乗せて、遠く離れた部位や、脳の情緒の中枢に届けているのである。

~つまり、神経科学の最新の発見からいえば、本当の知性と記憶、すなわち個人の本質は、脳だけでに存在するのではなく、全身に行き渡っている。それならば、これからの時代は、脳と心を、統合して考えていく時代だと言える。これらは相互に作用して、単一のネットワークを構成しているのだから。要するに、心身は一つなのである。


【2.顕在記憶と潜在記憶】
~子どもは、まだ未熟な脳でさえできていない時でも、体の細胞の中に、最初に記憶を集めるのだ。私たちの最初の記憶は意識的に起こるものではない。一般に使われている意味での「無意識に」起こるのでさえない。

~記憶を専門にすると心理学者たちは、記憶を二つに分類している。一つは意識的な記憶、もう一つは無意識の記憶である。それぞれを顕在記憶と潜在記憶とも言う。

~顕在記憶とは、覚えている事実や出来事やものの名前などである。視覚情報や言葉の情報を必要なときに取り出せるように一時的に心のどこかに入れておく作動記憶も、顕在記憶に含まれる。また、9歳の誕生パーティーの思い出、子どものころ部屋にあった家具の記憶なども顕在記憶である。

~それ以外の記憶が潜在記憶である。潜在記憶は意識的に思い出すことはできないものでありながら、私たちの行動を支配する。特定の状況におかれたときに、一見わけもなく不安になるのは、潜在記憶のせいかもしれない。また、キーボードのブラインドタッチや自転車に乗ること、砂の城を作ることができるのも、それらの体験が潜在記憶になっているからだろう。

~無意識から意識への移行、つまり、潜在記憶から顕在記憶への発達は、子宮のなかで起こる。数個の細胞からなる初期の胎芽は、広大な昔を体験していると考えてほぼ間違いない。この"正常な"状態は、子宮内の環境との関わりや押し寄せる母親のホルモンによって打ち切られる。母親がイライラしたり喜んだりするたびにホルモンのバランスが変わり、そのたびに私たちの細胞に原初の記憶が刻まれる。まだ脳も体さえも持たない私たちは、受け取った印象をひたすら細胞に記憶する。これが最初の潜在記憶である。

~こうした記憶が増していくにつれ、胎児は潜在的に、自分とまわりの子宮とが別のものであると理解しはじめる。胎生6、7ヵ月までには、大脳皮質を含む脳ができるので、母親から受けとる情緒を知覚するようになるだけでなく、ホルモンの種類の変化を識別するようになる。そして、器官を通して、動きや光、味や音を知覚し、記憶する。人の声にも気づきはじめる。また、入ってくる情報に意味を見出し、記憶に基づいて適切な反応をするようになる。

~事実、多くの研究によって、子どもは母親の動揺を少なくとも潜在的に記憶し、生涯その記憶に反応し続けることがわかっている。


【3.出生の記憶】
~子宮にいたころの記憶を自然に思い出すことは稀だが、心理療法や夢や催眠を通して出生前の記憶を取り戻すことができたと言う人は大勢いる。

~おそらくもっとも説得力があり、記録の数も多いのは、出生体験の記憶だろう。催眠や心理療法によって引き出された記憶は、それが無理に誘導されたものではないか注意してみる必要があるが……チークは興味深い研究を通して、人は母親の体から出てくるときの頭や肩や腕の動きを、筋肉の記憶として保持しているという事実を明らかにした。

~では、こうした記憶はなぜ、比較的に稀にしか思い出されないのだろうか。それには、おそらくいくつか理由がある。

~まず一つには、出生前と母乳を与えられているきかんは、オキシトシンが増加しているせいだと思われる。オキシトシンには乳汁分泌を促す作用と子宮の筋肉を収縮させる作用があるが、高濃度になると、じつは記憶を消す作用もある。

~私たちが出生前と周産期の記憶を失っているのは、その時期に母親の大量のオキシトシンを浴びているせいもあるのだろう。オキシトシンは心の麻酔のように働いて、「巨大な忘却」を引き起こし、出生時の苦しみを忘れさせてくれる。

~もう一つの要因は、ストレスホルモンのコルチゾールである。コルチゾールにもトラウマとなる記憶を消し去る作用がある。


●コメント
まず「オキシトシン」は別名「愛情ホルモン」として最近アタッチメント関係の話でよく出てくるホルモンですよね。

他章で詳しく説明がありますが、ストレスを緩和し穏やかな気持ちになるホルモンで、抱っこなどのスキンシップや視線合わせや微笑み合いなどの情緒交流より親子共に放出されると言われています。

いかに乳幼児期に特定の人との日常的にスキンシップや情緒交流を重ねて、オキシトシン放出システムを構築できるかが、その子が情動をコントロール出来るかどうかの鍵になります。

まさに「痛いの痛いの飛んでいけ~」が効くのは、オキシトシン放出システムが構築されている何よりの証拠と言えるでしょう。


NHKスペシャル「ニッポンの家族が非常事態 第二集 妻が夫にキレる本当のワケ」(2017.06.11放送)
http://www6.nhk.or.jp/special/sp/detail/index.html?aid=20170611
 
でも、オキシトシンについて取り上げられていたのでご覧になった方もいるのではないでしょうか。
 
オキシトシンは環境に左右されるので、競争社会に身を置くキャリアウーマンは、オキシトシン量が減っていると。そこで、妻の鼻からスプレーでシュッと「オキシトシン」を注入すると、夫と口論にならずに優しく会話ができると、にわかに信じがたい映像ですが、妻は「落ち着いて優しい気持ちになれた」とインタビューで言っていた気がします。


しかし、そのオキシトシンが高濃度になると、記憶を失くす作用があるとは初耳で目から鱗でした。産まれる時の母親への麻酔や陣痛促進剤などの投薬による胎内環境の変化は、かなり胎児にストレスがかかるらしく、その苦痛はバーストラウマ(Berth Trauma)と呼ばれるそうです。だけど、産まれてすぐから母親に抱っこされたりして、オキシトシンがバンバン放出されると忘れていくと。
 
以前、同僚と「怪我をしたり痛い記憶は昔のことでもよく覚えている」と雑談したことがあったんですが、もし出産直後に「オキシトシンは心の麻酔のように働いて」がなかったら、すごい痛みの記憶が細胞に刻み込まれたまま忘れられないということになりますよね。

忘れられると言うのはある意味幸せ、と言うのもよく分かります。なので、本書では例え未熟児であってもNICU(集中治療室)に入り、母子で相互やり取りする機会が喪失することでの、細胞レベルの記憶や脳の発達への悪影響が生涯に及ぼすリスクについて、とても書かれています。

あと、
~脳と免疫系は双方向の経路を介して、常に連絡を取り合っている。そのため、たとえば脳にストレスが生じれば、免疫反応は低下する。これはおそらく、免疫というのは生存の長期的な戦略だからだろう。

は体験的に非常に心当たりがあります。実は児相に来てから2~4年目くらいの間は、とにかくGWや年末年始の長期休みになると病気に罹るというサイクルを繰り返していました。

きっと、脳が「こんなストレス無理、休め!」的な信号を送って免疫を低下させていたと言うことだったんだと思います。ちなみにピーク時には胃に穴も空きましたから。これも身体のサインですよね。

つまり、今まさに当時のことを「生物ー心理ー社会」の円環的なつながりとして、
 
            知識(認知)
          /                \
体験(感覚) -  感情(気持ち)
 
知識としてだけでなく、体験と感情をともない身をもって総合的に理解できた、と言えるかもしれませんね。多少、自虐的ではありますが。
 
~これからの時代は、脳と心を、統合して考えていく時代だと言える。これらは相互に作用して、単一のネットワークを構成しているのだから。要するに、心身は一つなのである。
 
とあるように、今まで色んな角度から触れてきた「認知ー身体ー感情」の繋がりやバランスは神経科学的な見解とも一致するということかなと思います。

無意識というと根も葉もない魔術的な怪しい印象も受ける人も正直いると思いますが、本書の言うように細胞レベルに刻み込まれた意識できない潜在記憶と捉えると、僕はまさに感覚的にしっくりきます。
 
「肌が合う」「鼻につく」という言葉は昔からあって、感覚レベルで判断していることって日常茶飯事だし、先人はそれを知っていて言語化していますよね、すでに。よくある「何となく」の多くは言語化できないだけで、直感が働いているはずです。
 
となると、LSWに限らず、トラウマでも何でも記憶を扱うということは、認知によって言語化できる顕在記憶だけでなく、うまく言語化できない潜在記憶、つまり細胞レベルの記憶、身体性記憶をも念頭に入れた理解や支援の方法論が必要ということになりますよね。
 
なかなか奥が深いです。その辺りのメカニズムに繋がる話題が、胎児の発達にはテンコ盛りで個人的には非常に面白いので、今後も少しずつ紹介していきます。
 
ではでは。