LSWのちょっとかゆいところに手が届く「まごのてblog」

静岡LSW勉強会の管理人によるコラム集

【第47回】漢方医が語る西洋医学と東洋医学

メンバーの皆さま

おつかれさまです。管理人です。

昼間は暖かい日が続いていますね。予定帳を見ると「もう今年も終わっちゃうな…」なんてしみじみした気分にもなりますが、つかの間の「過ごしやすい秋」を味わいたいですね。

前回、西洋東洋の文化差やマインドフルネスなんて話題に触れたら、ちょうど関連するような記事(『命の繋がりを自覚して生きる』致知2017.11月号)を見たので、今回はそこから。

以下の紹介は、日本では珍しい漢方医、桜井竜生氏のインタビューを所々抜粋したものです。外科医から方専門の漢方医に転身した体験から西洋医学と東洋医学の違いを語っています。


■健康の本質を見ていない医者

~病気や死が怖かったんですが、私の場合は、これを克服するには医学を学んだらいいと思ったんです。

~ところが、これまで長生きできると思っていたのに、医者はどんどん早死にするんですよ。

~理由はいろいろありますが、やっぱり健康の本質を見ていないんだと思います。

~毎年忘年会シーズンになると、「食べる前に飲む!」という胃薬のコマーシャルが盛んに流れたりしますけど、あれは、これを飲んだら暴飲暴食してもいいときう発想でしょう。薬があるから病気になってもいいという発想が西洋医学のベースにはあるんです。

~これに対して東洋医学は「体に悪いから、暴飲暴食はするな」と言う。至極真っ当でしょう。本来健康というものは、食事を腹八分で抑えるとか、よく運動するとか、ごく常識的なことで実現するものなんです。

~けれども西洋医学は、傷を覆ったり、がんを取ったりという治療法があるから、人はそういう物理的な要素で健康を維持できると思い込んでる。ですから、私が外科医をしていた頃の医者の多くは、煙草は吸うし、運動もしないし、それで人の健康を語ってるんですよ(笑)。



■文字にできない技能をいかに習得するか

~外科と漢方というのは、実はよく似ているんですよ。

~言語化できる客観的な知識のことを「客観知」といい、言語化できない主観的な知識のことを「暗黙知といいますけれども、外科のメスの入れ方は、書かれたものを読んだだけでは習得できなくて、先輩の手術を見て、自分で修練を重ねてつかんでいくしかない暗黙知の世界なんです。ゴッドハンドと呼ばれるような手術の名手が本を書いても、弟子に伝わるとは限らないんですが漢方でも同じことが言えるんです。

~漢方には「証」というものがあります。その時の体の状態のパターンや、特定の漢方薬が効く状態のパターンのことですが、客観的なデータで判別されるものではなく、言語化できない雰囲気や何となくの感じが大事にされるんです。


■自分の体の声をよく聴くこと

~まずご理解いただきたいのが、全員に効く健康法というのはないということです。

~その上で大事なことは、自分の体をよく観察することではないでしょうか。単純に季節が変わって涼しくなった、厚着しなければと感じることを「自覚」するだけでもだいぶ違います。

~体というのは、病気になる前に必ず何らかのサインを発しているはずですから、自分の体の声をよく聴くことが大切です。

~漢方の何がいいかというと、自分の体の変化を感じる訓練になるんです。いまの食欲はどうか、体が冷えてないか、体重はどうかと、普段なら何も考えずに放置してしまう変化を意識することで、センサーが働くようになるんです。ですから漢方というのは、薬効以上にセンサーを発達させる効果が大きいと思うんです。


●コメント
僕の知り合いで「飲み会前にウコン飲むと調子良くなって呑みすぎちゃうから」と言ってウコンの力を飲まない人がいます。ウコン飲んでるし大丈夫かぁ」と限界以上に呑んじゃうことに歯止めをかけてるそうです。確かに、身体のためにウコンを飲むなら、そもそも暴飲しないのがいいわけです。その人はそれで結構なハイペースで呑みますけど(笑)

薬があるから病気になってもいいという発想が西洋医学のベースにはあるんです。

は極端な表現かもしれませんが、桜井氏が言う「健康の本質を見ていない」とは、おそらく「木を見て森を見ず」の状態。西洋医学は局部としての「病気」は見ているが、身体全体や生活全体のつながりとしての「健康」を見ていない、ということかなと。

これは東洋医学が西洋医学よりも優れていると言うことではなくて西洋医学はよりピンポイントに、東洋医学は全体の流れを俯瞰的に、アプローチの仕方が違うということなんだと思います。

僕の中では、西洋医学はキュア(cure)、東洋医学はヒール(heal)のイメージ。どちらも万能というわけではなく、状態に合わせてより効果的な方を選択したり併用すればいいんだと思います。

木(部分)を見るのか森(全体)を見るか、何を撮りたいかの構図によってカメラズームが変わるように、状態に合わせて何に焦点を当ててアプローチするのがいいのか、両方検討しながらベストな形を探して行くことが大切なんだろうと思います。

※参照:【第18回】「cure」と「care」の違い

また、第18回コラムで【heal】の語源が、ギリシャ語の【holos】「完全な姿(本来のあるべき姿に戻る)」で、healに状態を表すthを付けて【health】「健康」であることに触れましたが、東洋医学の考え方は、人間がもともと持っている治癒能力を活かしたり高めたりする【heal】のイメージが僕の中にはあります。

(もちろんhealの語源がギリシャ語ですから、東洋医学に限った考え方ではないと思います)

きっと東洋的に言う「気の流れ」って、人が本来あるべき状態かどうか、本来持っている維持機能が正常に動いているかどうかの「流れ」を指して言っているのではないかと思うんです。僕は気功師ではないので推測ですが、あくまで。

僕自身、数年前までは、漢方とか気功って根拠はないし、気の持ちようじゃないかなぁ、なんて懐疑的な思いが正直ありました。しかし、これって、一般の多くの人の感覚なのではないかと思います。

ところが、気功の施術によってホルモンバランスが整えられたり、ドーパミン分泌や脳の部位の活性化が確認されているみたいですから、まさに「気のおかげ」で生理学的な変化が起こっている説明は付くようです。

また言葉を替えれば「気の流れが悪い」「邪気がある」というのは、おそらく生理学的にはホルモンバランスの崩れや機能不全を「気」察知して言っているんだろうなと思います。

じゃあ、それをどう察知するのかという話になるわけですがそれは言葉にできない「暗黙知」であり、感覚感性的なものということになると。

処方箋にあたる漢方の「証」も「その時の体の状態のパターンや、特定の漢方薬が効く状態のパターンのことですが、客観的なデータで判別されるものではなく、言語化できない雰囲気や何となくの感じが大事にされるんです」

と言うように、ブルース・リーの「Don't think. Feel」の世界ということ。

しかし、これは東洋医学に限った話じゃなくて、外科医の世界でも、音楽や料理でも同じことが言えます。同じレシピや楽譜があったとしても、「腕」や「道具」の違いで、味や音色は全く違うし、全体の仕上がりは他の人が簡単に真似ができるものではない「暗黙知」ですよね。そして、芸術や表現の世界では、独特な感性が希少価値として重宝されることも珍しいことではありません。

人の特性で言いかえれば、どちらかと言うと西洋文化は言語(理屈)優位、東洋文化は感覚(感性)優位な発展を遂げてきたのかなと思います。しかし、西洋文化が感覚的な部分を否定しているわけではないし、東洋文化が言語や理屈を軽視していたわけではないはずです。

ただ【第42回】コラムで、
〜母親の影響を受けにくいセロトニントランスポーターの長いタイプの多型を持つ子どもは、白人は6割だが、アジア人種は1/3にとどまる
とあったように、集団の感度の違いによって、より良い伝え方に、歴史文化的な変遷があった結果の違いなのかもしれないなと思うんです。

そして、今日の「マインドフルネス」ブームは、おそらく東洋文化や職人の世界では当たり前に行われてきた感覚感性を磨く作業やその必要性が、西洋文化の一般で広まってきたという事なんだと思います。

誤解をおそれず単純化すると、おそらく欧米人の多くは「頭で理解→実践→感覚感性を磨く」の順がわかりやすいし、日常生活もそういう思考で動いているし、そのような説明を作るのも得意。

一方で、多くの東洋人は感性が高く、良くも悪くも周囲に影響されやすいので、「雰囲気で感じ取る→実践→感覚的に経験を体系化して整理する」方が自然で日常的だし、「身に付く」とか「腑に落ちる」とか身体を使った言い回しが多いのは決して偶然ではなく、伝統的に学ぶとはそういうもんだと思っているので「なんとなく」「普通わかるでしょ」で済ませちゃう、

そんな傾向がある気がします。なので、ハッキリ言って言語化理論化という部分では西洋文化は優れていると思います。しかし、自分や相手の機微や雰囲気を察する感覚的なものは、東洋文化の人の方が平均的に高いと思うんです。

どちらが優れている劣っているではなく、人の能力に凸凹があるのと同じように、文化的な集団的な得意不得意はあるので、得意を伸ばし不得意をどう補うか。特性に合わせた成長・子育て支援のニーズは、個も集団も本質は変わらないよな、と思います。

~体というのは、病気になる前に必ず何らかのサインを発しているはずですから、自分の体の声をよく聴くことが大切です。
~漢方の何がいいかというと、自分の体の変化を感じる訓練になるんです。

これって、子育ても対人支援も感じるものが「相手」になっただけで似ているよなと思います。

基本的には子どもやクライエントが発信したニーズをキャッチし適切なタイミングで応答できるか。そして、その中には何か具合が悪くなりそうなサインも含まれているわけでそこを的確にキャッチして大事に至る前に早めの対処ができるかどうか。サインを見逃し放っておいて、激痛が走ってから慌てて手術するのは本来のあるべき支援やお世話の順番ではないと思います。

それでも事情があってやむなく悪化してしまった部分へのピンポイントのアプローチは「西洋医学」の得意分野、本来の健康的な心身の状態に近づける全体的なアプローチは「東洋医学」の得意分野。

視野の広いお医者さんは、この西洋東洋の特質や得意分野を踏まえた上で、西洋薬と漢方薬を併用してアプローチしてくれますよね。
【参考】健康Saiad「西洋薬と漢方薬の違い」

対人援助でも似たような整理やコンビネーションが必要だと思うんです。今の自分が担っている役割やアプローチは局部なのか大局なのか、応急処置なのか継続支援なのかをわかっていること。そして、一人で全部は担いきれないので、片方は信頼して任せることで自分は別の役割に専念できるように、チームで意思統一して役割を分担していく。それが「連携」ですよね。

ごちゃごちゃ書きましたが、LSWの発想って漢方や東洋医学に近いのかな、と最近思うんです。部分じゃなくて全体的な視点。抗生物質みたいな即効性じゃなくて漢方薬みたいにじわじわ効いて、本来持っている力を引き出すみたいな。

そしてLSWでは「時間志向」が、東洋医学でいう「気」に近いイメージかなと僕は思っています。時間志向とは「過去ー現在ー未来」のどこを考えているかということ。そのグルグル考える流れというか、頭や意識の中で過去や未来を行ったり来たりするスムーズさを、本来あるべき状態に整えたり整理するのがLSWの僕のイメージです。

なんですけど、「ライフストーリーワーク」と言う横文字の表記が西洋医学的な治療をイメージさせる誤解が起こりやすいなぁと思います。頭の中で、支援=西洋的「治療」に凝り固まっていると、即効性がないと支援に意味がなかったんではないかと不安になる人も実際には多いことは、現場で話をしていてすごく感じます。

じゃあ、上手く流れていない時間感覚をどう見立てて、どう支援するのが良いのかは、漢方薬と同じ「暗黙知的な部分が多く、僕もまだ上手く体系化したり言語化するまでには至りません。

ただ、「時間精神医学」には、時間志向の焦点化が偏っている人がどのような状態になるか、また精神障害が起こると時間感覚はどうなるか、どのように支援するか感じ取るヒントが散りばめられているな、と思って未整理のまま紹介だけしました。
(詳細は【コラム】「バイオサイコソーシャルアプローチ」を参照ください)

ある意味、まごのてblogは「暗黙知の言語化に無謀ながら挑戦して試行錯誤しているみたいなところがあります。なので話題があっちこっち行ってしまうのはお許しください。

そういう他人の混沌としてあやふやな、あーでもないこーでもないと考えるプロセスを共有いただいて、メンバーや読者の皆さまの思考や内省を深めるお手伝いに少しでもなれば幸いです。

ではでは。

【第46回】愛着形成とオキシトシン

メンバーの皆さま
 
こんばんは。管理人です。
 
はやくも11月ですね。だいぶ朝晩は冷えてきたので、毛布と布団をかけて寝るようになったら、秋を通り越して冬気分になりました。
 
少しでも過ごしやすい秋が続いて欲しいものです。
 
で、今回「胎児は知っている母親のこころ」の『第7章「親密さ」という魔法』という愛着とオキシトシンの話をもって本書は終わりにしようと思ったのですが、いろいろ調べているうちに、どんどん書きたい情報や連想が膨らんでしまったので、調べたことを思いのままに書かせてもらいました。
 
一応、後付けで3つのトピック(アタッチメントの生物学/社会文化的な適応とオキシトシン/過去の語りとオキシトシンに名付けてみましたが、かなり思いつくままに継ぎ足し継ぎ足しで書きましたので、多少の散文はお許しください。
 
 
●コラム
愛着(アタッチメント)とは、子どもと養育者との間に生まれる絆のことを言います。
 
「愛着」は、愛着理論の専門用法を指しているので、一般の愛着と勘違いのないように今回はあえて「アタッチメント」と呼びます。
 
(※愛着の一般的用法と専門用法の違いは【第29回】コラム参照)
 
 
■アタッチメントの生物学
アタッチメントという現象の特異な点は、心理学的のみならず生理的、身体的な結びつきということ。そして、愛着は生物学的な現象であり、その歴史は人類の歴史よりはるかに長いものだそう。
 
アタッチメントには、いくつかの生物学的な仕組みが関わっていますが、中でも子育てに特に深く関わっているのが、オキシトシンというホルモン。オキシトシンは、別名「愛情ホルモン」「幸せホルモン」と呼ばれていて、ストレス緩和や不安の鎮静、また安心感や幸福感を高める作用があります。
 
オキシトシンの不思議な性質は、その相互的な関係性で、母乳をあげている時、大量にオキシトシンが分泌されることがわかっていますが、それは世話を受ける側だけでなく、世話をする側でもオキシトシンが分泌が促され、双方に幸福感をもたらします。
 
子どもでなくても、ハグやスキンシップが心地よさと慰めを与えるのは、オキシトシンの作用によるものと言われています。
 
ちなみに、下記の記事『オキシトシン分泌を増やす方法とは!? 専門医師が解説! vol.2』等によると、
性行為やエステなどの触れ合いでもオキシトシン分泌は起こると。確かに、どんなに匠の技を再現した最新式マッサージチェアーでも、やっぱり人の手によるマッサージとは違うなぁと感じるのは、オキシトシン分泌が関係していたということなんだと思います。
 
さらに、精神的な触れ合いでもオキシトシン分泌は起こると。例えば「おしゃべり」、井戸端会議や会社帰りに一杯なんていう行為もそれに当たると。
 
ただ、メールやLINEのやり取りではオキシトシンは分泌されないという事ですから、精神的な触れ合いとは、会話おしゃべりの内容(文章として何を言ったか)ではなく、視線があったり、応答する声の調子や大きさ・タイミングといった非言語的なやりとり(どのような様子で言ったか)を指しているという事です。
 
また、ペットや動物とのスキンシップでもオキシトシン分泌されることや恋人などと視線を合わせる行為でお互いにオキシトシンが分泌されること、そして、愛犬と目を合わせると人間側にはオキシトシンが分泌されるという報告もあることから、精神的触れ合いや情緒的やりとりが、いかに言葉を介さないものかがわかります。
 
これは従来「情動調律」と呼ばれて説明されている、赤ちゃんの情動(瞬間的で持続しない喜怒哀楽。感情は気分など比較的弱くて持続的な気持ちも含む広い概念)に大人が応答することで感情調節を身につけていくというシステムでも説明できて、これを生理学的に言うとオキシトシンシステムの獲得になるということなんだと思います。
【参考】『情動調律〜感情の調整力や安定性はどこから発達する?〜』
 
 
また、オキシトシンには、痛みや辛さを和らげる作用もあるので、女性が出産の激痛を乗り越えられるのも、陣痛と同時に大量に放出されるオキシトシンの働きによるもので、その後、出産後のボロボロの身体にも関わらず寝不足になりながら新生児の子育てができるのもオキシトシンのおかげと言われています。
 
また愛着が生理学的現象であるということもあって、愛着には形成可能な「臨界期」があり、いつでも起こるわけではないと。その臨界期は生後一歳半頃までとされ、この時期に子どもは養育者の顔、とりあけ目を熱心に追うため、スキンシップだけでなく、微妙なタイミングの良い視線や声かけの応答によって、養育者の脳に「同調」し、幸福感を感じるオキシトシンが放出されるシステムを獲得していくと。
 
ちなみに、このオキシトシン・システムが弱いと、ストレス全般の抵抗力が弱く、不安が高まりやすいそうで、ちなみに、安定型の愛着スタイルを持ちオキシトシン分泌が活発な人に比べ、不安定型の愛着スタイルの人は同じストレスで、ストレス・ホルモンであるコルチゾールが上昇しやすいとのこと。
 
と考えると、「痛いの痛いの飛んでけー」の効きが良いか悪いかも、オキシトシンシステムがどの程度獲得できるかによって説明できるんでしょうし、それは安心感によるただの「おまじない」や「気のせい」ではなく、もともと人間や動物が生物学的に獲得してきた痛みやストレスの緩和システムである、と。
 
赤ちゃんを見ると「かわいい〜」と思ったり癒される人が多いと思いますが、それはオキシトシンが分泌されている状態で、逆に赤ちゃんを見ても「別に」みたいな、極端だと我が子を見ても可愛いと思えないと言うのは大人側のオキシトシン・システムが上手く機能していない状態と言えると思います。
 
従来のアタッチメント理論は「心理ー社会」的側面で、スキンシップや情動調律→愛着形成(絆や心理的な結びつき、安全基地の獲得)という説明されてきたと思います。しかし、オキシトシン・システムという生理学の側面を加えることで、アタッチメントをバイオサイコソーシャル(生物ー心理ー社会)で説明することが可能になってきたと僕は理解しました。
 
ちなみに、最近の生物学的な研究では、オキシトシン動物の「共感性」における進化的役割を果たしているのではと言う話もあるようです
【参考】
 
さらにアタッチメントから脱線しますが、自閉症スペクトラム会性やコミュニケーションの障害の治療にオキシトシンが効果があるのではという話もあるようです。しかし、これは研究結果が割れていて、一部効果が認められるが、ASD全ての人に当てはまるわけでないというのが現状のようです
【参考】
 
これらから思うことは、情動調律でも同調でも、乳児期が適切なタイミングで情緒的応答をされることで、大人子ども双方が幸福感(オキシトシン分泌)を得られ、それは生涯にわたる不安・ストレス耐性だけでなく、何より人との関わりや情緒的交流に心地よさを感じる程度、つまり対人交流やコミュニケーションの動機の根源につながりそうだ、という事です。
 
 
■社会文化的な適応とオキシトシン
話題を生物学から社会学的な話に一気に振りますが、先ほど紹介したコラムの後編『オキシトシンがもたらす幸せ効果とは!? 専門医師が解説! vol.3』では、
 
若者の恋愛離れをオキシトシンで説明していますが、さらに面白かったのが「オキシトシン社会は成熟社会」という話し。エリートが40歳、50歳くらいで挫折しやすいが、それは競争社会で必要なドーパミン「快」の感情をつかさどる脳内ホルモン)分泌が盛んな状態はずっとは続かないからで、「夢を追う」幸せが得られなくなったとき、必要になってくるのが、人との関わりによる幸せなんだ、ということです。
 
当たり前ですが、社会的な情勢(環境)によって、環境適応に適しているホルモン状態は異なるということかな、と。例えば、ドーパミンが豊富でバリバリ肉食系な人材が求められる環境もあれば、オキシトシンが豊富で温和な人材が求められる環境もあり、どちらが良い悪いではなく適材適所、時代や国によって適応的なスタイルが異なるということなのかな、と。
 
動物でも似たようなことが起こるようで、閉じた柵に犬とヤギを入れて一緒に遊ばせた後、血中濃度の変化を見ると人間レベルのオキシトシン上昇があるみたいですが、ポイントは家畜化された動物だけがこうした反応を示すと。「社会性の高い動物ほど脳の前部で高いオキシトシン濃度が認められます。これが協力関係に心地よさを感じさせるのです」
 
おそらく野生動物は、戦国時代のサムライが刀を持って座って寝るみたいな、いつでも臨戦態勢を整えていないと天敵にやられてしまうし、「生き延びる」ことを最優先するホルモン状態に自然と適応してるんだと思います。逆に家畜は、狩りをすることもされる事もないですから、その環境の中で快適に幸福に過ごせるホルモン分泌システムを獲得していると。
 
なるほど以前に【第42回】コラムで、環境からの影響の受けやすさに関係するセロトニントランスポーターの多型(バリエーション)」と、その母親の影響を受けにくいセロトニントランスポーターの長いタイプの多型を持つ子どもは、白人は6割だが、アジア人種は1/3にとどまることに触れました(参考「発達障害と呼ばないで」田尊司 2012)
 
が、動物だけでなく人間にも似たことが言えて、多数派が「他人に影響されやすい派」か「影響されにくい派」のその国の集団文化の違いで、適応的なスタイルは異なるし、それに合った子育てもまた違うのではないかと。
 
例えば、伝統的な子育ても、日本人は密着型で境界が曖昧、一方アメリカの子育ては0歳から自室で一人で寝させるように境界をしっかりするといった明確な文化差がありますよね。これってどちらが良い悪いではない気がするんです。
 
どこかの新聞の投稿記事で、アメリカ型の子育て本を鵜呑みにして早期から自立を促すような関わりをしたら、ひどい癇癪持ちになって散々だった、という内容を読んだことがあります。伝統的な子育ては、先人たちがその国や文化の中で、その子がなるべく社会の中で適応しやすくなるような子育ての試行錯誤を経た結果を、科学的にではなく直感的に選択し受け継がれてきた形なのかもしれないな、とも思います。
 
現在では、欧米でも「インファント・マッサージ」という乳児に対してマッサージ、肌の触れ合いをすることで、アタッチメント形成に効果があって推奨されていますが、それはインドの看護師が考案したもので、もともと東洋では古からやってきた子育ての効用を言っているような気もします。
 
マインドフルネスの流行りにも感じますが、これは現代の欧米社会で適応的な価値観や人間の生理学的な状態が東洋文化的なものに寄ってきていることを表しているのかもしれません。また逆にアジア圏では欧米的な生活スタイルや文化が取り入れられて、昔よりは東洋人の価値観や生理学的状態が欧米的になってきている、という西洋東洋お互いの「文化の折衷×人間の適応」つまり「環境×生物」の変化の相互作用が起こっているのかな、と。
 
なので、西洋東洋、南米北米、アフリカなど何処の子育てが優れているかということではなくて、インターネットの普及によって、国や文化や情報のやりとりがグローバル化ボーダレス化しつつある時代や社会において、適応的な人間の状態は何なんだろう、という進化適応の過程に今現在われわれは晒されているという見方も出来るかもしれませんね。少し話が大きくないなり過ぎました。
 
 
■過去の語りとオキシトシン
最後に、LSWに直接関係しそうなオキシトシン話としては、英国科学アカデミー紀要から発行された学術誌によると、男性を対象にオキシトシン投与が行われ、過去に母親と「良い関係」を持っていた被験者は母親に対する思い出がより素晴らしい物になり、過去に母親と「酷い関係」を持っていた被験者でも、母親に対する怒り等の負の感情の低下が認められたという報告があるそうです。
 
他も含めて論文を直接みていないので想像にはなりますが、おそらくオキシトシンが豊富になると、過去のオキシトシン分泌の状態の身体記憶が想起されやすかったり、幸福感やストレス緩和によって、他人(過去の母親)にも寛容になったり許すような気持ちになりやすくなるのかなぁ、と予想します。
 
現在の状態が荒れた状況でLSWをしても、「どうせ家族に捨てられたんだ」なんてネガティヴなストーリーになりやすいことは、実践家の皆さんは肌感覚でわかると思います。しかしながら、生活が落ち着いた状態、つまりオキシトシンシステムも機能してストレス耐性もそこそこある状態なら「お母さんも当時は大変だったんだね」「もういいよ」と目の前にいない家族に対して共感的な解釈やストーリーを描きやすくなるかも、という事を想像させる報告だなぁ、と思いました。
 
何やらオキシトシン・システムは「レジリエンスにも通じる話だなぁ、とも思いました。もちろん、レジリエンスは非常に広い概念で、その時の社会的サポートなど様々な要素が含まれると思いますが、その要因の一つとして、おそらく乳幼児期に獲得できたオキシトシンシステム機能の影響も大きいんだろうなぁ、と思います。
 
 
もちろん、愛着(アタッチメント)がオキシトシンシステムだけで説明がつく訳ではないとは思いますが、今まで「まぁ、起こってる現象はそうなんだろうけど…」とイマイチしっくりこなくて正直とっつきにくかった愛着(アタッチメント)の話が、今回オキシトシンにまつわる書籍や情報を集める中で「生物ー心理ー社会」(バイオサイコソーシャル)での整理がスッキリついて、個人的には知識が腑に落ちるような体験となりました。
 
やはり近接領域の他分野の話は面白いですね。
 
ではでは。
 

【第45回】新生児の感覚と神経はこうして発達する

メンバーの皆さま

こんにちは。管理人です。

どうやら、また週末に大型台風が到来ですね。

前回の台風では、月曜の朝、普段通勤で使っている東海道線が完全ストップしてしまったので、やむなく新幹線で通勤しました。

仕方なく、新幹線が乗れる駅まで30分ほど歩いたのですが、乗り遅れそうだったので、GoogleMap片手に近道を急いでいたらiPhoneがスルリ。

画面はバリバリ、開いた画面は勝手に動き出す始末。そして、新幹線も遅れているので遅刻を連絡しようにも携帯は使えず。

挙句に初めて新幹線の公衆電話を使ったのですが、なんとテレフォンカード専用で、この時代に電話機の横の販売機で1000円テレカを購入して電話すると言うレアな体験をしました。

結局、携帯は買い替えだったのですが、ドコモの保証+ポイントで5000円程で新品と交換できました。携帯も使用3年で電池もすぐ無くなったちゃう状態だったので、結果オーライです。

ただ、携帯が無くなるとホント焦りますね。まぁ、結果的に元より携帯の状態が向上して、さらに面白い貴重な体験もできたと言うストーリーになったから、今回は良かったです。

しかし、当たり前にあったものを突如として失う「喪失体験」が引き起こす将来の不安、それが元通りになるかならないか分からないことの心配、そして、どうにもならないと知った時のショックと言ったら計り知れないですよね。

はぁ、その日のうちにdocomoショップ行けて良かった良かった。早期介入、早期支援の大事さが身にしみました。

以上、プチ喪失体験とナラティブによるセルフケア体験でした。皆さま、今回の台風もお気をつけください。

では、コラムです。

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●目次
第1章 羊水の海で
第2章 胎児の意識の始まり
第3章 母親のストレスと胎児のこころ
第4章 子宮は学びの場
第5章 出生体験は性格の形成にどう影響するか
第6章 新生児の感覚と神経はこうして発達する
第7章 「親密さ」という魔法
第8章 経験が脳をつくる
第9章 初期記憶のミステリー
第10章 他人に子どもを預けるとき
第11章 間違いが起こるとき
第12章 子どもの「善意」の基盤をつくる
第13章 意識的な子育て


●内容
今回は「第6章 新生児の感覚と神経はこうして発達する」を中心に、新生児の脳の発達について。

~新生児に対する小児科医たちの誤解は、かなり昔に始まっている。「新生児には明暗の区別がつく以外には何も見えていない。聞こえてもいないようだ」(グリフィス、1895)。「赤ちゃんにはまだお母さんが人間だということも、自分が人間だということもわかっていないのです。赤ちゃんは生後一ヶ月は内蔵と神経の塊に過ぎないのです」(ベンジャミン・スポック、1947)。…しかし、今日では世界中の研究機関で、これと正反対の事実がつぎつぎに発見されている。

~1970年代に入ってようやく、…心拍を記録する電極、おしゃぶりと連動させて吸い方のパターンを記録する電子装置、視線追跡装置、ビデオカメラなどを用いることができるようになってはじめて、新生児が積極的に学習やコミュニケーションを行っていること、まわりの世界に気づいていること、驚くほど意図的に行動していることがわかったのである。

~赤ちゃんはもちろん、最初から親の気分や調子を合わせている。しかし、いろいろな能力が発達してくるにつれて、自分に有利なものだけに同調するようになる。


■新生児の感覚
【出生時~1週間】
・出生の数分後、分娩室で、明暗はっきりした部分のある物体、たとえば人の顔などを意図的に見つめる。
・生まれたばかりの新生児は、大人の顔をじっと見つめ、大人の発声や動きの調子を合わせるような反応をする。大人がほほえむとほほえみ、大人に調子を合わせて動く。また予想を裏切られるとーたとえば、母親に向かって甘えるような声を出したのに、母親がまったくの無表情でいればーすっかり落ち込んでしまう。
・見つめていた物体がゆっくりと動くと、数分間はそれを目と頭で追う。注意のとぎれない表情で、ほかの活動を停止して、その物体だけに集中する。
・三次元的な感覚をもち、ある程度目と手を協調させて動く。
・自分の母親とほかの子どもの母親を、母乳のにおいや腋(わき)のにおい、その他母親が発するあらゆるにおいによって区別することができる。
・食べ物に関連した香りのうち、ミルクのような香りや果物のような香りがすると、ほほえみの表情を浮かべ、吸ったりなめたりするような口の動きをする。生臭いにおいや腐った卵のにおいがすると、不快そうな顔をし、しばしば、ものを吐くような動作をする。
【1週間~】
・生後一週間までに、母親の声をほかの女性の声と区別できるようになる。生後二週間では、母親の声と顔の主体が同じであることに気づく。
・生後数週間で、父親に対して、母親に対するのと全く違う態度をとるようになる。父親には、もっと目を見開いて、もっと陽気に、もっと顔を輝かせて接する。
【2か月~】
・生後八週間で、物のかたちや色の違いがわかるようになる(たいてい一番好きなのは赤、次が青である)。
・赤ちゃんは、無意識にものをしっかりとつかむ力をもって生まれてくる。生後二、三ヶ月になると
たいていこの強靱な握力は失われるが、かわりに別の能力が見られるようなる。それは目と手を協調させて動かす能力である。
【4か月~】
・生後四ヶ月で、生き物とそうでないものとの動きを区別できるようになる。
【5か月~】
・生後五ヶ月で、唇の動きが言葉に対応していることに気づく。
・目と手の協調運動ができるようになるためには、当然ながら、それに必要な視力が発達している必要がある。…未熟な目と手の協調運動は出生時から行っているが、生後五ヶ月ころまでにもう少し視覚が発達すると、物を手から手へと持ち替えたりできるようになる
【6か月~】
・生後六ヶ月になると目の焦点がしっかりと定まる。


ピアジェは能力の習得を段階ごとにわけたが、今日の神経科学は、乳幼児期に文字通り“開閉”する一群の〔学びの窓〕を発見した。つまり、脳の発達が特に急速な生後三年間には、脳の各部に〔最盛期〕があり、その間に認知や情緒などの学びがおこることがわかった。

~PETスキャン(陽電子放射断層撮影)からは、脳の特定部分がいつ“点火される”のかがわかる。最初に点火されるのは情緒の脳だ。新生児の脳を調べたところ、情緒の中枢といわれる大脳辺縁系がもっとも活発であることを発見したが、月例とともに、その部位が変わっていく。たとえば、生後二ヶ月と三ヶ月では、視覚皮質と小脳半球でブドウ糖代謝が盛んになる。これは視力と感覚運動能力が発達する時期と一致する。そして、最後、すなわち六ヶ月以降に、前頭皮質で盛んになる。これは認知に関連した行動、たとえば知らない人を怖がったり、作業テストの成績が上がったりする時期と一致する。ブドウ糖の消費パターンは、満一歳までに大人とほぼ同じになる。

~ここで注目すべき点がいくつかある。健康な乳児の脳の各部位は、進化の順に活性化する。つまり、起源が古い構造(哺乳類に存在している大脳辺縁系)が先に、新しい構造(複雑な思考の中枢であ前頭皮質)があとに活性化するのだ。

辺縁系が活性化しているときは、子どもは情緒のコントロール習得している。活発な部位が視覚野や感覚運動野に移ると、今度は子どもは目と手の協応運動に関連した能力の習得に精を出している

~視覚などの感覚に関する研究によれば、出生後に活性化する部位のひとつが、情緒の中枢である。また、情緒は階層的に発達し、しだいに複雑化していくことも、研究によってわかっている。生まれたばかりの子どもでも、喜び、悲しみ、ねたみ、共感、自尊心、恥などの感覚を味わうことができる。


●コメント
健康な乳児の脳は、進化の順に活性化するとありますが、児童福祉では思春期の性教育でよく、[カエル脳]→脳幹、[ネコ脳]→大脳辺縁系、[人間脳]→大脳皮質、なんて説明がされるのを思い出します。

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性衝動は、動物的な活動だからそれ自体は自然なことだけど、人として人間脳をきちんと働かせて、ちきんとコントロールしようね、なんて性教育の場面ありますよね。

すると、
起源が古い構造(哺乳類に存在している大脳辺縁系)が先に、新しい構造(複雑な思考の中枢である前頭皮質があとに活性化するのだ。

と読んだ時に「あれ脳幹は?」とふと思いました。そうです、少し前のコラムをよく思い出してみてください。

~胎児の脳は、アドレナリンやコルチゾールなどのストレスホルモンに長い間さらされると、不必要な時に、「戦うか逃げるか」の反応を起こす習慣がつきやすい。しかも、この習慣は生涯続く。

~ストレスの高い母親の胎児は、心拍数が著しく増加し、その後正常に戻るまでの時間にかなり時間がかかった。ここでいうストレスの早い母親とは、血液検査で高濃度のストレスホルモンが認められ、不安が強くまわりから協力があまり得られないと質問票に回答した母親である。いっぽう、望んだ妊娠をして、適度な自尊心があり、周囲の協力にも恵まれた母親の胎児は、穏やかで、心拍数が正常に戻るのが早かった。

(【第43回】子宮内の胎児の意識と発達

ハッキリとは書かれていませんが、これらの記述から、おそらく哺乳類以前のもっと生物的な[カエル脳]=脳幹あたりの部位がもっとも活性化する臨界期は、胎児期であると読み取ることが出来ます。

そして、情緒コントロールを司る大脳辺縁系がもっとも活発になるのが新生児期で、生後二ヶ月と三ヶ月ではすでに、視力と感覚運動能力が発達する視覚皮質と小脳半球の代謝に移ってしまうというのは、初めて読んだ時は衝撃でした。

「情緒・感情のコントロール」の課題って、虐待で関わる子のほとんどに当てはまってしまうわけで、支援者はそれをどうしようと散々悩まされるわけですが、一番効果的な関わりの時期は、すでに胎児期~生後1ヶ月程で終わっていると。

それは率直にいうと、もちろん過去は変えられないんですが、多くの子が抱える「感覚や感情のコントロール課題とその支援に伴う大変さについての悩みは、ほんの胎児~新生児期の数ヶ月間の支援があれば、こんなに苦労することはなかったのではないか、という想いです。

それほど胎児期~新生児期の養育の影響は、その後のその子の人生に大きな影響を及ぼすということですし、それに一番苦しむのは誰でもない本人に違いありません。しかも自分ではどうにも出来ないことで。

これらの仕組みを知らされずに「早期支援!予防的関わり!」と言われても、支援者はただ急かされているようにしか思えませんが、きちんと説明され今やっていることの意義や意味付けがされて、ようやく母子保健や母親支援(家族の協力を含め)の質が変わるんだろうな、と。

前々回に「ポピュレーションアプローチ」の話にも触れましたが、虐待相談件数がうなぎ登りとか、発達障害を早期発見しましたとかでない文脈。もちろん、事が起こってからの対応も必要ですが、「虐待が脳に影響を与える」という事後のネガティブ文脈だけじゃなくて、同時に「早期支援・出産前後のママ支援は、子どもの脳の発達を支える」という事前のポジティブ文脈ももっと声を大きくして言われて欲しいな、と思います。

最後にLSWに絡めて言うと、LSWの一般イメージは、施設入所児童が「私のお母さん、どうしてるの?」と言ったり、現れが出てようやく過去を扱おうとするような事後対処に注目が集まりがちと思います(このタイミングでしか扱えないケースもありますが)。

でも、大事なことは、まずその時に起こった喪失体験(離別、転居など)にその場その場でできる限りの対応ケアされているか。児相が関われる場面で言うと、やむなく家から離れて一時保護や施設入所する時に、きちんと理由が説明されたり、それに伴う本人の想いや感情をきちんと聞いたり表現する場を与えているか。

そして、入所後もその状況理解や言い残した未完の感情がないか確認したり、知り得る家族の状況を伝えたり。リアルタイムでされるべき喪失体験へのケア(扱うべき本人の想い)を積み残すことで、後々に必要な支援は実はどんどん増えていってしまいます。

もちろん、どんなに気をかけても本人の状態から扱いきれない想いや喪失体験はあります。ただ、支援対象を個ではなく全体として見たら、今ここで出来る早期支援やケアをないがしろにして、事後対応にばかり囚われるのは明らかに順番が違うし本末転倒というのは、子どもの脳の発育の支援もLSWも変わらないなぁ、と思います。

あと今回は、落とした後のdocomoサポートに救われましたが、僕がやるべき順番は、落としても守ってくれそうな携帯カバーの検討ですね。

ではでは。

【第44回】水戸と「ひよっこ」とLSW

メンバーの皆さま
 
こんにちは。管理人です。
 
先ほど「LSW全国交流会@水戸」が終わりまして、ただ今、大型台風と正面衝突するような方向で静岡に帰っています。無事帰れるといいんですが…
 
全国交流会は今年も興味深い内容でしたが、それを書いてしまうと静岡LSW勉強会で話すネタが無くなってしまうので、それはいったん置いておきながらも、せっかく水戸に来たので、今回は茨城にちなんだこの記事から。
 
 

ひよっこ』医療監修者に聞く、あの感動の精神医学的なメッセージ

 
NHK朝の連続テレビ小説ひよっこ」。9月に放送が終わった時には「ひよっこロス(Loss=喪失)」と言う言葉が出るほどのヒット作でしたよね。
 
我が家では、妻(と息子:7ヶ月ですがオープニングが好きな様子)が観ていたのですが、僕は土曜日の再放送を、断片的に眺める程度でした。
 
妻から時々「〇〇ちゃんと△△さんがいい感じになって来た」とか報告されるんですけど、ストーリーは全然わかんないので、地元の誰それさんの息子が結婚して「良かったねぇ」みたいな感じで聞いてたんです。
 
そしたら昨日、水戸に向かっている時に上の記事を見て、「え、ひよっこって舞台が茨城で、父が記憶喪失の話だったんだ」と、今更ながらストーリーを掴めたと共に、急にLSWと結びついてしまいまして。
 
父の記憶喪失って、主人公みね子にとっては、まさにコラムで取り上げた「あいまいな喪失」体験ですよね。
 
そして記事の中で、“医療監修者”分子生物学者にして精神科医という異色の研究者・糸川昌成氏の話は、今コラムで扱っている細胞や遺伝子の記憶と非常に近しいものがあります。
 
〜糸川   人間の記憶には4種類ありまして、それぞれ脳の分担する場所が違うんです。そのなかの「エピソード記憶」というものは、脳の「海馬」という部分とその周辺が担当しています。いわゆる「昨日、友人とテニスをして帰りに映画を見た」といった生活史的な思い出とか、まさに私たちが普段「記憶」と言っているようなものです。今の田植えの話に関連するのは「手続き記憶」。これは自転車に乗れるとか、クロールで泳げるとか、カンナが引けるとか、運動機能についての記憶で、海馬とは全く違う場所に記憶として保存されているんです。ですから、田植え技術は「手続き記憶」として実の中に備わったままなので、自然と田んぼで体が動く。

――記憶を失っているはずなのに、なんで田植えはできるんだろうって、みんなが不思議そうにする場面があったように思いますが、これも医学的には正しいことだったんですね。

糸川 記憶はどこかで保たれているはずなんです。人間って分子レベルでいうとタンパク質の集合体なんですね。そのタンパク質は日々代謝され、食事で摂取するアミノ酸を再合成して作り替えられていますから、日々刻々と「私」というものは入れ替わっている。生物学的には一か月前の私と今日の私は別人間なんです。福岡伸一先生の言う「動的平衡」です。あるいは釈迦が言った「輪廻」というものが言い当てていることかもしれません。では、なぜ私は私と言えるのか。記憶が私を連続した個体として支えているからです。
 
 
この話は日常的な生活支援の大切さを、生物学的に言ってくれているのではないのかな、と。一時保護所に来て、規則正しい生活と健康的な食事をするだけでみるみる変化する子どもを時々見かけますが、分子やタンパク質レベルで見たら1ヶ月で別人間なんだと言うこと
 
でも一方で、記憶はどこかで保たれていて、田植えのような「手続き記憶」は記憶喪失でも忘れずに、言ってしまえば身体が覚えているとすれば、虐待で施設入所した児童の多くが経験してきた身体的な痛みを伴う恐怖体験というのは、頭で忘れていても身体が思い出して反応してしまう、なかなか忘れることは出来ないという事ですよね。
 
この辺りは、トラウマや身体志向アプローチの本を紹介する時に詳しく触れていきます。
 
 
記事の続きを紹介をすると、
――「悲しい出来事に、幸せな出会いが勝ったんだよ」というセリフが『ひよっこ』にありましたが、悲しい記憶を幸せな記憶によって克服するということはあるんでしょうか。

糸川 僕の専門である精神医学の世界では、疾患の原因になる出来事が「転落」や「挫折」ではなかったんだ、とストーリーをアップデートする作業も必要なんです。たとえば順調に仕事をしてきたサラリーマンが、急病で倒れて出世の道を諦めなければならなくなったと。単純にはこれ、挫折であり不運としか言いようのない事故だと思うんですが、もしそのおかげで家族との時間が増え、人生が本人も思いがけない形で充実したのだとしたらどうでしょう。急病のおかげで家族が取り戻せた、というストーリーにアップデートされるわけです。都合がいいと思う人がいるかもしれませんが、人生の急転はそういう「意味あるストーリー」として語れるようにならないと、逆にいろんな精神的症状が出てしまいがちです。たとえそれが楽観的すぎると思われても、悲しい出来事に幸せが勝てる物語は、人間にとって必要なものなんです。
 
 
と語られています。LSWで意図している過去ー現在ー未来をつなげる支援、未来に向けたナラティヴ的な支援、そのベースになる現在の日常生活を支える重要性は、もはや社会的養護(施設や里親)という枠を超えて、人生や生き方を支える対人支援として共通したものであるんだろうなぁ、と。
 
今年の交流会は、いろんな方々の話を聞いたり、語り合ったりする中で、割とこんな話の流れになることが多かった印象で、改めてLSWの広さというか深さを感じるような二日間でした。
 
ちなみに、昨夜の夜中1時頃にラーメン、焼きチャーシュー、ライスの暴食したにも関わらず、お腹具合は行きと違い穏やかに帰れました。美味しかったし、良かった良かった。
 
ではでは。
 

【第43回】子宮内の胎児の意識と発達

メンバーの皆さま
 
こんにちは。管理人です。
 
現在、今日明日に行われる「LSW全国交流会@水戸」に参加するために電車で移動中です。
 
ちょっと節約して、沼津→品川まで乗り換えなしの在来線に二時間ほど乗りまして、品川から特急で水戸まで向かう約4時間半の電車の旅です。
 
まぁ沼津からなら座れるし、コラム書いていれば時間も潰せるだろう、なんて軽く考えていたら、神奈川に入ったあたりから風が結構冷たく、トイレに行きたい衝動に襲われています。
 
コラム書きで気を紛らわせて、なんとか品川までたどり着きましたが、天気予報の気温はさほど変わらないのに、やっぱり静岡は暖かいことを思い知らされました。
 
東京、寒いです。茨城はどうなのでしょうか。
 
では、コラムです。
 

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●目次
第1章 羊水の海で
第2章 胎児の意識の始まり
第3章 母親のストレスと胎児のこころ
第4章 子宮は学びの場
第5章 出生体験は性格の形成にどう影響するか
第6章 新生児の感覚と神経はこうして発達する
第7章 「親密さ」という魔法
第8章 経験が脳をつくる
第9章 初期記憶のミステリー
第10章 他人に子どもを預けるとき
第11章 間違いが起こるとき
第12章 子どもの「善意」の基盤をつくる
第13章 意識的な子育て


●内容
今回は、胎児期にかかわる第2、3、4章をまとめて。

~数々の研究によれば、胎児は目覚めているときも眠っているときも、母親が行うこと、考えること、感じることのすべてと「同調」し続けている。受精の瞬間から、子宮の中での体験は常に脳を形作り、人格や情緒の傾向や思考力の下地を作っているのである。

とありますが、トピックを4つ(胎児の感覚/痛みと回復力/母親のストレスとうつ/胎児のパワーを高める)に分けて紹介します。

■胎児の感覚
以下は、胎児の発達について、本書を整理して抜粋したものです。

【1ヶ月】
・妊娠二十八日前後で胎芽は六ミリ程度になり、のちに心臓となる小さな血管が鼓動を始める。そして、このときには、脳の基本的な三つの部分がすでに作られている。

【1ヶ月半~】
・六週前後でおよそ十二ミリになると、目と鼻と耳が作られはじめ、触れられると反応するようになる。
・早くも七週目に触覚があることが報告されている。
十週目から二十六週目まではまだ上下のまぶたがつながっているが、明るさや暗さを感じており、母親がお腹がライトで照らされると反応する。

【4ヶ月~】
・四ヶ月目までには周囲の世界を探索する能力が飛躍的に発達し、へその緒で遊んだり、指しゃぶりをしたりするようになる。
・十七週目には皮膚の大部分に感覚が生じる。
・嫌な味のする物質を子宮内に注入すると、胎児は顔をしかめて泣き出す。逆に甘い味の物質を注入するという、通常の二倍の量の羊水を飲み込むようになる。

【5ヶ月~】
・五ヶ月目には、大きな音に対し、手を上げたり耳を覆ったりして反応するようになる。
・人間の聴覚機能は、二十週目には大人と同程度になる。
・十九週目から二十週目に初期の脳波が現れ、二十二週目には大人と同様の脳波が継続的に現れるようになる。
・胎児には、学ぶのに必要な脳の構造そして意識さえもが、妊娠五ヶ月から六ヶ月のあいだのある時点ですでにできあがっていることがわかった。

【7ヶ月~】
・二十七週目には、母親の声にとくに敏感になる。
・二十八週目ごろには違う音色を聞き分けられるようになる。
・胎内で聞いた言葉は、特定のしゃべり方や方言のもとになる。脳が急速に成熟に向かう妊娠二十四週以降には、とくに外界の音に反応して成長する。この期間に、思考の中枢である大脳皮質のニューロンは、言語の音に反応して、樹状突起とそこから招じるシナプスに特定のパターンを形づくる。

【新生児】
・人間の脳は子宮にいるときからすでに言語を学びはじめている。このことから、新生児がなぜ生後四日で既に言語と他の音とを区別することができるのか、そして母親の声を好むようになるだけでなく、なぜ母親の用いる言語まで好むようになるのかがわかる。
・研究者によれば、出生直後の新生児は、人間のあらゆる言語のあらゆる音を聞き分けることができる。しかし、急速に神経が発達する出生後一年のうちに、自分がいつも耳にしていると言語以外は聞き分けることができなくなるという。

~その詳細についてはまだ推測の域を出ないが、最新の学説によれば、喜びや苦しみや恐れや葛藤といった人間のもっとも深いところにある感覚は、生命の始まりに根ざしている。

~胎児が成長するにつれ、ポジティブな体験もネガティブな体験も、急速に発達している感覚器官を通して入っているようになる。


■痛みと回復力
~痛みの経路は、かなり早い時期に作られる。まず妊娠八週目に末梢組織から脊髄までつながる。十週には、大脳皮質が形作られ始める。脳は神経線維が増えるにつれ、形と構造ができてくる。そして、十六週までに痛みの経路が完成し、二十八週までに配線もほぼ完了する。

~早生児も痛みに対して明らかな反応を示す。二十三週で生まれた子どもは、かかとを針などの刺激を与えると、顔をしかめたり、拳を握りしめたり、足を引っ込めたりといった明確な反応を示すのである。

~実際、解剖学的に見れば、胎児は誕生後の人間よりも痛みに敏感なはずである。というのも、入力されたら痛みをさえぎるための制御経路ができあがっていないからだ。

子宮のなかで母親の過度のストレスや不安やうつの影響を受けた子どもは、生涯消えない問題を抱えるリスクが高くなる。これは、近年行われた数多くの研究によって証明されている事実である。

~というのも、母親の感情や気分はホルモンや神経伝達物質の分泌に影響し、それらは血液の流れに乗って胎盤を通り、胎児の発達中の脳に届くからである。

~胎児の脳は、アドレナリンやコルチゾールなどのストレスホルモンに長い間さらされると、不必要な時に、「戦うか逃げるか」の反応を起こす習慣がつきやすい。しかも、この習慣は生涯続く。

~いっぽう母親がつねに喜びや愛を感じていると、胎児の脳は"幸せホルモン"と呼ばれるエンドルフィンや、オキシトシンなどの神経ホルモンで満たされ、生涯にわたって幸福感をもたやすい素因ができる。


~パシック・ワダワは、母親のストレスの影響を測定するために、胎児165例についての調査を行なった。…母親のお腹の上から胎児を軽く刺激し、その影響を調べるために心拍数を測定した。

~その結果、ストレスの高い母親の胎児は、心拍数が著しく増加し、その後正常に戻るまでの時間にかなり時間がかかった。ここでいうストレスの早い母親とは、血液検査で高濃度のストレスホルモンが認められ、不安が強くまわりから協力があまり得られないと質問票に回答した母親である。

~いっぽう、望んだ妊娠をして、適度な自尊心があり、周囲の協力にも恵まれた母親の胎児は、穏やかで、心拍数が正常に戻るのが早かった。


■母親のストレスとうつ
~母親の過度のストレスは、子供の学習能力にも影響する。学習能力の決め手の一つは、入ってくる情報になれる力である。私たちは、同じ音やにおいに長時間反応し続けなければならないとしたら、感覚が疲れ切ってしまう。また、あらゆる方向から情報が押し寄せてきたら、気が散りすぎて、真新しい情報を受け取り、そこから学ぶことが難しくなる。

~頷けるのは、過度のストレスが脳の生理機能に影響することを示す研究である。研究者たちは、脳の海馬と呼ばれる部分におけるニューロンシナプスとの成長の抑制と破壊、そして、ある種の神経受容体が作られる量の減少などを測定した。

~その結果、影響を受けやすい子どもの場合、出生前のストレスが、脳の配線を組みかえる原因となり、ストレスに敏感な性質をつくり、生涯にわたり興奮しやすくなったり、行動障害を発症しやすくなったりすることがわかった。すでに遺伝的な要素も持つ子どもの場合には、出生前の極端なストレスが、多動症自閉症などの各種の発達障害のリスクを増大させることもわかった。

~妊娠中のストレスが深刻な影響をもたらすのであるなら、妊娠中のうつもまた望ましからぬ結果をもたらすものであることは想像に難くない。

~同研究班は、うつの母親から生まれた子どもは概して泣きやすく、なだめるのに骨が折れることを発見した。また、母親のうつが重症であるほど、新生児の癇が強くなることもわかった。

~研究者によれば、妊娠中のうつは産後も続くことが多い。しかもこの症状は、癇の強い子どもを持つことでいっそう悪化する。自分がうつというだけでも、新生児と上手にかかわることが難しくなるのに、その子が泣いてばかりいれば、母親はよけいに打ちのめされ、ますます母子の"きずな"づくりが難しくなる。

この自らを悪い方向へ強化していくシステムを断ち切らないかぎり妊娠時代に端を発するうつと癇癪の永久の悪循環がスタートしてしまう。


■胎児のパワーを高める
神経科学の最新の発見によれば、胎児に伝わる音やリズムなどの刺激は、脳に刻印を押すだけでなく、文字通り脳をかたちづくる。

~マリアン・ダイアモンド(有名な神経科学者)はこう述べている。
西洋の社会はやっと最近このようなことを実践することに注目するようになりましたが、何世紀のあいだアジアの人たちは、発育途上の胎児に、楽しい考え事をさせ、行動を損なうような怒りを避けさせながら、豊かな条件を与えるよう、妊娠した母親を励ましてきたのです」(『環境が脳を変える』 の邦訳より)

~胎児の脳細胞は栄養素が足りなかったり、アルコールにさらされたりすると縮小するが、ダイアモンドによれば、刺激を与えられた場合に拡大するらしい。とはいえ、ダイアモンドは、胎児に与える刺激は穏やかなものにとどめるべきだとも警告してもいる。

~「全細胞数の50~65%もの大量のニューロン消失が、胎児の発育期間におこりますが、…たいていのニューロンは、つくられたのちは増殖しませんから、ニューロンの過剰生産は胎児で起こることが明らかです。つまり、過剰な数は安全要因なのです。

したがって、初期のニューロン機能にかかわりのないものは『取り除かれる』のです。(…)豊かな後天環境が、神経細胞の数を変えることまでは示されてはおりませんが、私たちの結果からわかったのは、後天環境は、大脳皮質のなかにすでに存在している神経細胞の大きさを容易に変えることができる、というものでした。

神経細胞のを健全な状態にしておくために、刺激が大切であることは、多くの動物で証明されています。けれども、同じ重みで重要なのは、あまりにも刺激が多すぎると、おそらく好ましくない効果がある、ということです。となると、『じゅうぶんなのはいつなのか、多すぎるのはいつなのか』という、永遠の疑問が生じます」(同書)

~「神経系というものには、可塑性に『朝』があるばかりでなく、『午後』もあれば『晩』もある」とダイアモンドはいう。「たえまない情報の流れを、発育途上の能に送り込むのではなく、中間に整理統合と同化の期間をおくことが是非必要です」(前掲書)


●コメント
すごくざっくり言うと、胎児は一般に考えられているよりも外界の刺激をキャッチできるし、その刺激が脳や細胞へ及ぼす影響は一生続いてしまうので、産まれてくる子のためにも妊娠期から母親が穏やかに過ごせるようにサポートにしましょう。そして、子どもへの声かけや刺激はほどほどにね。

みたいな感じでしょうか。結論は母子支援でごくごく当たり前に言われていることなのでしょうが、その理論的背景を「社会×心理×生物」でここまで科学的に言われると、説得力がある気がします。

もちろん小難しいことが苦手な方には、言葉を柔らかく噛み砕いて伝える必要はありますが、支援者側としては知っておかないといけないことかと思います。

児相に配属された当初、「日本で離婚再婚を繰り返す家庭がこんなにも多いのか」と思っていたことを思い出しました。しかし、今この知識を知ると、児相にそのようなケースが集まる理由、そして、必ずしも同じ家庭で育ったきょうだいでもケースになったりならなかったり、予後や変化が全然違ったりする理由も、すごく腑に落ちます。
 
つまり妊娠期に夫婦不和や離婚、DV等の問題があって母親サポートも薄ければ、胎児の遺伝子選択として育てにいく子が産まれるリスクが高まる。しかし、同じ母親のきょうだいであっても離婚やパートナーの変更により妊娠中の母親を取り巻く状態はそれぞれ変化するし、そもそも胎内環境にどれくらい影響を受けやすいかの程度にも個体差がある。
 
したがって、同じような過酷な状況下でも、驚くほど健康度が高い子もいれば、どうしようも手に負えない状態が続く子もいる。「環境×個体差」の相互作用は胎児から始まっていると。
 
この辺りが早期支援、予防的関わりの根拠になるのでしょうが、最近たまたま雑誌で「子育て世代包括支援センター」についての記事を見かけた時に面白い内容があったで、最後に触れます。
平成28年閣議決定。平成 32 年度末までに、地域の実情等を踏まえながら、全国展開を目指す:厚生労働省HP)
 
そこにあった説明は、従来のハイリスクアプローチは、病気や発達障害を見つけてその人に支援するという考え方であったが、それに対してポピュレーションアプローチと言う、集団に働きかけて全体のリスクを軽減したり病気を予防すると言う考え方にシフトしていくと言うことでした。
(参考:【新米保健師でもわかる!】保健師のポピュレーションアプローチについて)
 
 
もちろんポピュレーションアプローチがうまく機能しても、必ずハイリスクな人は残るので、児童相談所や施設職員はハイリスク児に対するマニアックな専門性を持って支援する必要性はなくならないとは思います。
 
そういう意味では、LSWもかなり末端の支援であることは間違いないですが、ポピュレーションアプローチによって妊娠期からの支援が厚くなれば、そこから得られる生い立ちの情報や、子ども自身の生まれ持った資質とリスク等に変化が生まれる可能性はあるので、決して遠い話でもないような気がします。
 
話題になっている児童相談所の機能を市町村に振り分けも、ポピュレーションアプローチとハイリスク児へ支援の棲み分けに非常にリンクするなと思いますし。
 
LSWに限らず、子どもの育ちに関する胎児期~乳児期の重要性を考えると、母子保健分野と児童福祉分野の相互理解や連携をいかに深めていけるかも、今後注目されていくといいなぁ、と思いました。
 
ということで、次回は新生児期について触れて行きます。
 
ではでは。
 

【第42回】胎児期のバイオサイコソーシャル

メンバーの皆さま
 
こんばんは。管理人です。
 
臨床心理士の方はわかると思うのですが、ここ数日、国家資格になる「公認心理師」の受験情報に振り回されて、正直ホトホト疲れています。
 
あの受験資格の案内を正確に解読できている方って、どれくらいいるんでしょうかね。履修科目の振替とか…もはや、あれを読み解くのが一つ試験ではないかと思うくらいです。
 
結局のところ講習会(7万円+テキスト代別)を受ける必要があるのか、ないのか?よくわからないまま、もう来週には先着順の申し込みが開始されちゃうし…
 
新しい環境の変化に適応するのって、やっぱり大変です。
 
心理士でない方にはよくわからない話でスミマセン。ただの愚痴です。
 
では、コラムです。
 

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●目次
第1章 羊水の海で
第2章 胎児の意識の始まり
第3章 母親のストレスと胎児のこころ
第4章 子宮は学びの場
第5章 出生体験は性格の形成にどう影響するか
第6章 新生児の感覚と神経はこうして発達する
第7章 「親密さ」という魔法
第8章 経験が脳をつくる
第9章 初期記憶のミステリー
第10章 他人に子どもを預けるとき
第11章 間違いが起こるとき
第12章 子どもの「善意」の基盤をつくる
第13章 意識的な子育て



●内容
今回は「はじめに」と「第1章 羊水の海で」を要約で。今回もトピック3つでまとめました。

【1.胎内環境×脳の発達】
~この10年の間に、神経科学発達心理学の分野で革命的な発見があった。…「子どもの脳は、受精の瞬間から環境によって作られる」というのである。

~遺伝学者のほとんどが、いまだに、脳は遺伝子からの一方的な指示にしたがって発達すると信じている。…しかし、神経科学の最新の発見を見れば、こうした考えが明らかな誤りであることがわかる。

~人の脳は生涯を通して体験に敏感に反応するが、出生前および周産期(妊娠後期から新生児初期まで)という決定的な時期での体験は、脳の構造そのものを決めてしまう。

~最新の発見を知れば、人生最初の三年間にさまざまな能力が少しずつ着実に身についていくという考え方が、まったくの誤りであることがわかる。実際学びと言うのは爆発的に起こる。脳のスキャンの画像を見れば、言語、音楽、数学などの各能力が、決まった順序で、脳それぞれの部位が激しく活動している間に急激に身につくことがわかる。

~最新の脳科学は、人間の情緒と自意識が生後一年どころか、それよりもずっと前、すなわち子宮にいるときに生まれているという事実を明らかにした

受精から始まる子どものあらゆる初期体験が脳の構造に大きく影響することも、最近の研究によって明らかになった。産道を降りるときも、公園で過ごすときも、子どもは全ての体験を脳の回路に組み入れている。

脳がたった一つの細胞から1000億の細胞に成長していくプロセスで、つまり受精からの瞬間からずっと、環境とのかかわりが脳をつくり続けているのだ。

胎児の発育にとって母親自身の食生活が重要であるのは言うまでもないが、…それよりももっと重要なものがあることがわかっている。それは、母親の体からの入力信号である。

~妊娠中に母親が感じたことや考えたことは、アルコールやニコチンと同じくらい確実に、神経ホルモンを通して胎児に伝わる。コンピュータウィルスが、感染したすべてのシステムのソフトウェアを徐々にむしばむように、母親の不安やストレスが、子どもの脳の配線を少しずつ組みかえ、知性や人格を変えていってしまうのである。


【2.脳のネットワークと進化論】
神経細胞ニューロン)はそれぞれの目的地に到達すると、次のネットワークづくりのために、"樹状突起"と呼ばれる枝を出す。

~妊娠中期から、ニューロンとそこから突き出た軸索、そこに生い茂る樹状突起からなる複雑なネットワークが、シナプスと呼ばれる連結部を介してコミュニケーションを取り始める。

~遺伝子は脳の基本的な発達のための設計図を示しはするが、個々のニューロンが最終的にどの位置につくか、どのような経路をたどるか、他のニューロンとどう関わるかといったことは、初期の環境からの入力情報に大きく左右される。

~この入力情報とは、例えば栄養や健康状態、タバコやアルコールなどの毒素の有無、継続的な音の動き、母親の気分やそれに応じて放出される神経伝達物質子宮内の環境(双子のきょうだいがいるか等)である。こうした入力情報がすべて他人と同じであるということはあり得ない。

~広く受け入れられている考え方によれば、あらゆる種は、遺伝子の突然変異によって進化する。…しかし、最近になって、ダーウィン説よりも説得力のある説が登場した。それは、…"方向性を持つ進化"説である。

~科学者たちは、生物を、環境が突きつける要求に応じて遺伝子を積極的に書きかえる能力のある"動的システム"であると捉えるようになった。

~どんな生物でも、生存のための行動は二通りである。一つは成長を促す行動(例:栄養物や安全な環境を探すことや、種の保存のための交尾など)、もう一つは身を守る行動(危険回避)行動である。細胞レベルでいえば、対象に立ち向かっていくのが成長行動、対象から遠ざかるのが防衛行動である。

~決まっていた発達の道筋が、外の環境に応じて、生長か防衛かの方向に切り替えられる。胎児が成長と防衛のプログラムのどちらかを選ぶかは、他のあらゆる
生物の場合と同じく、その胎児自身が環境から何を知覚したかで決まる。

~こうした知覚は、生まれた後の子どもには、無数の経路を通って届く。しかし、胎児の場合、唯一の経路は母親である。

~不幸な例をあげれば、妊娠中の女性が災害に見舞われて、あるいは夫から暴力を受けて、悲嘆にくれていたとしよう。その場合、その女性のお腹の子どもに、たえず悲しみのシグナルを送ることになる。そうなると、子どもの脳におけるバランスは、防衛優先になる。逆に、母親が愛され、守られている環境にあることがシグナルを通して胎児に伝われば、成長を促す遺伝子プログラムの選択が促される。

細胞生物学者のリプトンはこう述べている。
~「この決定的な重要な"愛か不安か"のシグナルは、母親が環境をどう知覚したかに応じてつくられた血液中の分子を介して、胎児に伝えられる」

~「母親の発する信号が胎盤を通して無条件に胎児に伝わってしまうことは、一見、自然のメカニズムの"欠陥"と思えるかもしれない。しかしこれは実際には、設計上の欠陥であるどころか、子どもに、まもなく入っていく世界でうまくやっていけるように準備させるための自然の法則なのである」


【3.栄養素や薬物、感染症よる影響】
~胎生初期(後期ではない)に飢饉の冬を経験した人は、統合失調症になった率が、そうでない人の二倍だったことがわかった。

アルコール依存症の母親から生まれた乳児の脳波を見ると、脳の動きが極めて不活発であることがわかる。この傾向は、言語能力や記憶力、論理的な思考に決定的な役割をはたす脳の左半球でとくに著しい。

~タバコに含まれるニコチンが脳細胞の成長を阻み、細胞間にメッセージを伝えるドーパミンなどの重要な神経伝達物質の再吸収(回収)を妨げることがわかっている。

妊娠中に毎日10本以上のタバコを吸った母親から生まれた男の子は、タバコを吸わない母親から生まれた男の子に比べると、行動障害を示す率がはるかに高いことが確かめられた。

~最近になって、発育遅延や学習障害行動障害とドラッグとの関係が脳科学によってようやく裏付けられた。コカインは、胎生初期には大脳皮質の外周へのニューロンの移動を乱し、胎生後期にはシナプスの形成を阻害する。

~妊娠中の麻疹が子どもの精神遅滞脳性麻痺聴覚喪失といった神経系の障害の原因になることはかなり前から知られている。さらに、妊婦の麻疹が統合失調症あるいは自閉症などの子どもの精神科系の障害のリスクを高めることも、最近の研究により確かめられている。


●コメント
まず断りを入れておかないといけないのが、本書の原書「Pre-parenting:Nurturing Your Child from Conception」は2003年、訳書である本書「胎児は知っている母親のこころ」は2007年、引用論文はだいたい90年代のものです。
 
つまり、「最近の」とか「最新の」「ここ10年の」は現在から10~20年前時点のことであると言うことです。だから時代遅れということではなく、むしろ思うのは、この時点でこんな本が既にでていたんだな、と。
 
僕みたいないち受講者レベルがオキシトシン等のホルモンや脳科学の話を研修等でよく耳にするようになったのは、感覚的にはこの5~10年前後くらいのような気がします。
 
本書では、脳科学的にはフロイトピアジェの発達論は間違っているとハッキリ書かれていますが、新しい事を受け入れる時の抵抗と言いますか、パラダイムシフトする時は当然ながら時間がかかると言うことなのかな、と思いました。
 
小見出しに【胎内環境×脳の発達】と書かせてもらいましたが、内容的には完全に今まで扱ってきた「バイオサイコソーシャル」の「社会×生物」の相互作用の話しですよね。
 
また、
~遺伝子は脳の基本的な発達のための設計図を示しはするが、個々のニューロンが最終的にどの位置につくか、どのような経路をたどるか、他のニューロンとどう関わるかといったことは、初期の環境からの入力情報に大きく左右される。
 
という「環境×遺伝子」的な考え方は「エピジェネティクスと呼ばれるものですよね。下記のサイトくらいだと、化学記号とかなしで堅苦しくない感じの説明になってるので、ご存じない方は良ければ参考にして下さい。
 
考えてみれば、妊娠時の病気が胎児の発達に影響を及ぼすことは一般的にも広く信じられているのに、妊娠母の精神状態による胎内環境の変化が胎児の発達に影響を与えない、と考える方が不自然な気がします。
 
なので、
~脳のスキャンの画像を見れば、言語、音楽、数学などの各能力が、決まった順序で、脳それぞれの部位が激しく活動している間に急激に身につくことがわかる。
 
は、比較的すんなり受け入れられますし、胎生後、出生後いつくらいに脳のどの辺りが劇的に発達するか具体的な時期も後章に書いてあるので、なるべく整理して紹介したいと思います。
 
でも、
~母親の不安やストレスが、子どもの脳の配線を少しずつ組みかえ、知性や人格を変えていってしまうのである。
 
の「人格、性格」の部分もそうなのと懐疑的に思う方もいらっしゃるかと思います。ただ本書によると我々の行動選択は、原始的な細胞レベル、胎児期の成長優先か防衛優先の遺伝子プログラムの選択の影響を受けている、と。
 
つまり「生物ー心理ー社会」の心理面(サイコ)が胎児からの環境面(ソーシャル)に影響された→遺伝子選択(バイオ)に影響を受けていると。
 
加えて、
第5章 出生体験は性格の形成にどう影響するか】
では「遺伝と環境だけで人格をじゅうぶんに説明できないときは、きょうだいの中での出生順を考慮に入れてないからだ、という意見がある」と触れられています。
 
具体的には、きょうだいの中での役割、親の期待や好みと言った出生後の「社会」的要因が違う点、そして脳の成長に不可欠な連鎖の長いオメガ三系脂肪酸の量が妊娠を重ねるごとに減少していくことが多いという母親側の「生物」的要因、胎児側なら「環境」的要因について触れています。
 
それと個人的に思うのは、母親視点に立つと、初子とそれ以降の第二子第三子の育児って、妊娠時に子育てしているかしていないか、母親がゆったりした気持ちで過ごせるのかテンテコ舞いなのかが全然違うと思います。もちろん、きょうだいの年齢差と夫や親族支援の状況によりますが、母親の生活状況や精神状態が違う=同じきょうだいでも胎内から生育環境が違う、ということになるので、そりゃ性格も違うよなと思います。
 
これは母親の「社会×心理」の要因が、胎児の「胎内環境×脳の発達」に影響するだろうと言うことです。このように「生物ー心理ー社会」つまり「バイオサイコソーシャル」で考えると情報がスッキリしやすいです。
 
もちろん、遺伝子的な要因として、
・「ドーパミンD4遺伝子の多型」
衝動的で飽きっぽい傾向ADHDのリスク遺伝子として裏付けが進んでいる
・「セロトニン・トランスポーターの多型」
不安やうつ・攻撃性と関係が強いセロトニンを取り込むのトランスポーターの長短によって、環境から影響の受けやすさ受けにくさが変わってくる。
 
という面もあるようですが、その遺伝子オンオフもまた環境に影響されると。やはり「環境×生物」です。
 
ちなみに人種や地域差で言うと、母親の影響を受けにくいセロトニントランスポーターの長いタイプの多型を持つ子どもは、白人は6割だが、アジア人種は1/3にとどまるそうです。参考「発達障害と呼ばないで」岡田尊司 2012)
 
つまり、欧米人より日本人の方が良くも悪くも環境の影響を受けやすい子が多いと。この辺りは西洋と東洋の文化差を、遺伝子レベルで考察しているようで面白いです。
 
 
最後に、
LSWに絡めると、成長優先か防衛優先かの遺伝子プログラムの選択は、その人の時間志向性に影響しないのかな、なんて素朴に思いました。
 
というのは、成長を促す行動(例:栄養物や安全な環境を探すことや、種の保存のための交尾など)は、未来について肯定的な展望をもった行動のように思えるし、を守る行動(危険回避)は、未来や過去に過剰に焦点が当たって個人的未来が脅威や恐怖になっている状態に近いかもな、と。(参照【第40回】)
 
そして、本書の副題が「子どもにトラウマを与えない妊娠期・出産・子育ての科学」であり、前回コラムで出産時のバーストラウマの話に触れましたが、胎児期に防御優先(危険回避)の遺伝子プログラムを選択をするような環境って、もはや胎児期のpreバーストラウマ体験なんて捉えてもいいのでは、と思ってしまいました。
 
すると、時間志向性の傾向や、将来を前向きに考えられるかどうかの資質は、胎児期の遺伝子プログラムの選択つまり胎児期の生育環境によって、すでに結構決まっている可能性もあると思うんです。
 
資質っていうのはすごくシンプルに考えると「安心体験」と「恐怖体験」の総量や割合みたいなイメージです。安心体感の貯金が多いケースは、生い立ちの途中に大変なことがあっても立ち直っていく感じがしますが、胎児期から過酷なケースはやはり予後は難しいし、安心体験を増やそうと思ってもなかなか逆転できない印象があります。この割合を測る指標の一つが「アタッチメント」になると思うのですが。
 
そして、その体験の総量は出生後だけでなく、出生前の胎児期を含めて。低年齢ほど主観的な時間は長いし、耐性は出来上がってないので、当然、体験の重みづけというか後々に残るインパクトは大きいんだと思います。
 
やっぱり、過去ー現在ー未来が繋がりにくい、積み重ねが難しいとされる子の状態は、時間の連続性が繋がってしまうと耐えられないような過酷な環境への適応スタイルの結果として見る視点は、忘れてはいけないなと。
 
まぁ、本当に悩むケースは、そもそも妊娠期~新生児期の情報が取れないから困るわけなんですけど…
 
伝え方やプロセスによる差はもちろんありますが、過去を整理した結果として、未来の展望がもてたり、将来に肯定的になれるかどうかの程度は、受け手側の資質の差というものも大きい気がしています。 
 
だからLSWが無意味ということではなく、染み渡りや汎化には個体差があるし、その変化にどう価値を置くかもまた個人差はあるだろうと。言いたい事は、支援者側の「過去ー現在ー未来は繋がらねばならない」という価値観の押し付けになったり、その効果を求めすぎるのは、やはり違うだろうと言うことです。
 
この辺りがLSWに即効的な効果を求めたり、一律の効果測定することの合わなさなんだと思いますが、一般的に支援と言うと「何か悪い原因を見つけて取り除く、そして状態が良くなる」みたいな直線因果的な治療的アプローチのイメージをされがちなので、畑違いの人にその辺を伝えるにはどうしたらいいのかなぁ(そもそもどこまでわかってもらう必要もあるのか)なんて最近思っています。
 
ではでは。
 

【第41回】初期記憶のミステリー

メンバーの皆さま

こんばんは。管理人です。

実は私、今年度から乳児院に関する事業を担当してまして、現在、仕事絡み+勉強を兼ねて「胎児~乳児期」の発達に関する本をいくつか読んでいます。

それが脳科学、生物学、アタッチメント、発達障害子育てと広がっていくと、それぞれの理論は「生物ー心理ー社会」の側面を切り口を変えて言っているだけで結局は繋がってお互いに影響し合っているよなぁ、とつくづく感じます。

と言う理屈を付けて、「バイオサイコソーシャルアプローチ」の紹介の途中ではありますが、通勤中が一番時間が取れるので、しばらく脇道に逸れまして「胎児~乳児期」の知識をまとめる思考プロセスにお付き合いいただければと思います。

まず取り上げるのは「胎児は見ている」で有名なトマス・バーニーの続編。ちなみに原著の題は「Pre-parenting:Nurturing Your Child from Conception」なので、直訳なら「育児前:胎児から子どもを育てる」という感じでしょうか。胎児期からの環境や刺激が、脳や神経系の発達に及ぼす影響について書かれた本です。

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●目次
第1章 羊水の海で
第2章 胎児の意識の始まり
第3章 母親のストレスと胎児のこころ
第4章 子宮は学びの場
第5章 出生体験は性格の形成にどう影響するか
第6章 新生児の感覚と神経はこうして発達する
第7章 「親密さ」という魔法
第8章 経験が脳をつくる
第9章 初期記憶のミステリー
第10章 他人に子どもを預けるとき
第11章 間違いが起こるとき
第12章 子どもの「善意」の基盤をつくる
第13章 意識的な子育て

●内容
全部の章を一つ一つ取り上げるつもりはありませんが、今回はLSW的に関連が深い「記憶」についての、第9章「初期記憶のミステリー」を紹介します。

ちなみに学術的なところを超要約して3つのトピック(記憶の起源/顕在記憶と潜在記憶/出生の記憶)の一部を紹介します。しっかりしたものを知りたい方は本書を確認してください。

【1.記憶の起源】
~記憶とは何か。そして、それはいつ始まるのか。

~長いあいだ、人の記憶ーそれまで-それまでの人生の一瞬一瞬をとぎれなくつなぐ意識の連なり-は、3歳前後からスタートするものと考えられていた。

~どこまでさかのぼることが出来るのかは個人差があるが、私たちが自分の歴史と考えている意識の連なりは、たいてい3、4歳で行き止まりになる。

~多くの人が、記憶は不思議にも3、4歳でスイッチが入るものと考えている。しかし、それは単純に間違いである。私たちは3歳になるまでよりもずっと前から、考え、感じ、学んでいる。

~はじめは卵子精子が合わさって一つの細胞となり、次にそれが分裂を繰り返して複数の細胞となる。こうした初期の細胞の生物学的な"体験"が、記憶の先駆けとなる。

~細胞か記憶するなんてどうも信じられないという人は、人間の免疫系について考えてみるといい。免疫系は細胞が感染性の侵入物を見極め、それを"記憶"することによって体を守っている。

~過去の研究から、免疫系の働きは潜在意識レベル(自律神経レベル)で決まると考えられてきた。しかし、1990年代になって、免疫系が意識的にもコントロールできることかハワード・ホールの研究によって明らかになったのである。

~ホールはまず、被験者に覚醒した状態でのリラクセーション、イメージ誘導、自己催眠、バイオフィードバックなどの自己調整法の訓練をほどこした。その後、対照群との比較によって、訓練を受けた人たちにはこれらのテクニックを用いて意識的に、白血球の粘着力(唾液や血液の検査で確認できる)を強める力があることを示した。

~脳と免疫系は双方向の経路を介して、常に連絡を取り合っている。そのため、たとえば脳にストレスが生じれば、免疫反応は低下する。これはおそらく、免疫というのは生存の長期的な戦略だからだろう。どんな生物も、外からさしせまった危険があるときには、短期的な防衛あるいは回避手段のほうにエネルギーを集中しなければならない。

~心に蓄積された記憶の反映である情緒が、免疫反応の強さに影響することは以前から知られていた。しかし最近では、この逆もまた正しいことがわかった。免疫細胞に記録された記憶が、脳や働きに影響し、気分や情緒を支配して行動を左右することがわかったのである。

~この理論はその後さらに発展した。現在では、体験し、記憶し、コミュニケーションをとることができる細胞は、脳と免疫系の細胞だけではないことがわかっている。

~シュミット(1984)は、"情報物質"という言葉を用いて、伝達物質やペプチドやホルモンその他の体や脳のなかで変動する要素全体を表した。リガンドとも総称されるこの情報物質は、ちょうど鍵が特定の錠だけに合うように、それぞれ決まった細胞の受容体だけに付着する。

~リガンドが全身に流れるメカニズムは、神経系よりも明らかに昔から生物に備わっており、神経系よりもずっと基本的なメカニズムである…細胞の種類は多様だが、どの細胞も共通して、細胞外に情報物質の流れをつくり、感情や気分や記憶をそこに乗せて、遠く離れた部位や、脳の情緒の中枢に届けているのである。

~つまり、神経科学の最新の発見からいえば、本当の知性と記憶、すなわち個人の本質は、脳だけでに存在するのではなく、全身に行き渡っている。それならば、これからの時代は、脳と心を、統合して考えていく時代だと言える。これらは相互に作用して、単一のネットワークを構成しているのだから。要するに、心身は一つなのである。


【2.顕在記憶と潜在記憶】
~子どもは、まだ未熟な脳でさえできていない時でも、体の細胞の中に、最初に記憶を集めるのだ。私たちの最初の記憶は意識的に起こるものではない。一般に使われている意味での「無意識に」起こるのでさえない。

~記憶を専門にすると心理学者たちは、記憶を二つに分類している。一つは意識的な記憶、もう一つは無意識の記憶である。それぞれを顕在記憶と潜在記憶とも言う。

~顕在記憶とは、覚えている事実や出来事やものの名前などである。視覚情報や言葉の情報を必要なときに取り出せるように一時的に心のどこかに入れておく作動記憶も、顕在記憶に含まれる。また、9歳の誕生パーティーの思い出、子どものころ部屋にあった家具の記憶なども顕在記憶である。

~それ以外の記憶が潜在記憶である。潜在記憶は意識的に思い出すことはできないものでありながら、私たちの行動を支配する。特定の状況におかれたときに、一見わけもなく不安になるのは、潜在記憶のせいかもしれない。また、キーボードのブラインドタッチや自転車に乗ること、砂の城を作ることができるのも、それらの体験が潜在記憶になっているからだろう。

~無意識から意識への移行、つまり、潜在記憶から顕在記憶への発達は、子宮のなかで起こる。数個の細胞からなる初期の胎芽は、広大な昔を体験していると考えてほぼ間違いない。この"正常な"状態は、子宮内の環境との関わりや押し寄せる母親のホルモンによって打ち切られる。母親がイライラしたり喜んだりするたびにホルモンのバランスが変わり、そのたびに私たちの細胞に原初の記憶が刻まれる。まだ脳も体さえも持たない私たちは、受け取った印象をひたすら細胞に記憶する。これが最初の潜在記憶である。

~こうした記憶が増していくにつれ、胎児は潜在的に、自分とまわりの子宮とが別のものであると理解しはじめる。胎生6、7ヵ月までには、大脳皮質を含む脳ができるので、母親から受けとる情緒を知覚するようになるだけでなく、ホルモンの種類の変化を識別するようになる。そして、器官を通して、動きや光、味や音を知覚し、記憶する。人の声にも気づきはじめる。また、入ってくる情報に意味を見出し、記憶に基づいて適切な反応をするようになる。

~事実、多くの研究によって、子どもは母親の動揺を少なくとも潜在的に記憶し、生涯その記憶に反応し続けることがわかっている。


【3.出生の記憶】
~子宮にいたころの記憶を自然に思い出すことは稀だが、心理療法や夢や催眠を通して出生前の記憶を取り戻すことができたと言う人は大勢いる。

~おそらくもっとも説得力があり、記録の数も多いのは、出生体験の記憶だろう。催眠や心理療法によって引き出された記憶は、それが無理に誘導されたものではないか注意してみる必要があるが……チークは興味深い研究を通して、人は母親の体から出てくるときの頭や肩や腕の動きを、筋肉の記憶として保持しているという事実を明らかにした。

~では、こうした記憶はなぜ、比較的に稀にしか思い出されないのだろうか。それには、おそらくいくつか理由がある。

~まず一つには、出生前と母乳を与えられているきかんは、オキシトシンが増加しているせいだと思われる。オキシトシンには乳汁分泌を促す作用と子宮の筋肉を収縮させる作用があるが、高濃度になると、じつは記憶を消す作用もある。

~私たちが出生前と周産期の記憶を失っているのは、その時期に母親の大量のオキシトシンを浴びているせいもあるのだろう。オキシトシンは心の麻酔のように働いて、「巨大な忘却」を引き起こし、出生時の苦しみを忘れさせてくれる。

~もう一つの要因は、ストレスホルモンのコルチゾールである。コルチゾールにもトラウマとなる記憶を消し去る作用がある。


●コメント
まず「オキシトシン」は別名「愛情ホルモン」として最近アタッチメント関係の話でよく出てくるホルモンですよね。

他章で詳しく説明がありますが、ストレスを緩和し穏やかな気持ちになるホルモンで、抱っこなどのスキンシップや視線合わせや微笑み合いなどの情緒交流より親子共に放出されると言われています。

いかに乳幼児期に特定の人との日常的にスキンシップや情緒交流を重ねて、オキシトシン放出システムを構築できるかが、その子が情動をコントロール出来るかどうかの鍵になります。

まさに「痛いの痛いの飛んでいけ~」が効くのは、オキシトシン放出システムが構築されている何よりの証拠と言えるでしょう。


NHKスペシャル「ニッポンの家族が非常事態 第二集 妻が夫にキレる本当のワケ」(2017.06.11放送)
http://www6.nhk.or.jp/special/sp/detail/index.html?aid=20170611
 
でも、オキシトシンについて取り上げられていたのでご覧になった方もいるのではないでしょうか。
 
オキシトシンは環境に左右されるので、競争社会に身を置くキャリアウーマンは、オキシトシン量が減っていると。そこで、妻の鼻からスプレーでシュッと「オキシトシン」を注入すると、夫と口論にならずに優しく会話ができると、にわかに信じがたい映像ですが、妻は「落ち着いて優しい気持ちになれた」とインタビューで言っていた気がします。


しかし、そのオキシトシンが高濃度になると、記憶を失くす作用があるとは初耳で目から鱗でした。産まれる時の母親への麻酔や陣痛促進剤などの投薬による胎内環境の変化は、かなり胎児にストレスがかかるらしく、その苦痛はバーストラウマ(Berth Trauma)と呼ばれるそうです。だけど、産まれてすぐから母親に抱っこされたりして、オキシトシンがバンバン放出されると忘れていくと。
 
以前、同僚と「怪我をしたり痛い記憶は昔のことでもよく覚えている」と雑談したことがあったんですが、もし出産直後に「オキシトシンは心の麻酔のように働いて」がなかったら、すごい痛みの記憶が細胞に刻み込まれたまま忘れられないということになりますよね。

忘れられると言うのはある意味幸せ、と言うのもよく分かります。なので、本書では例え未熟児であってもNICU(集中治療室)に入り、母子で相互やり取りする機会が喪失することでの、細胞レベルの記憶や脳の発達への悪影響が生涯に及ぼすリスクについて、とても書かれています。

あと、
~脳と免疫系は双方向の経路を介して、常に連絡を取り合っている。そのため、たとえば脳にストレスが生じれば、免疫反応は低下する。これはおそらく、免疫というのは生存の長期的な戦略だからだろう。

は体験的に非常に心当たりがあります。実は児相に来てから2~4年目くらいの間は、とにかくGWや年末年始の長期休みになると病気に罹るというサイクルを繰り返していました。

きっと、脳が「こんなストレス無理、休め!」的な信号を送って免疫を低下させていたと言うことだったんだと思います。ちなみにピーク時には胃に穴も空きましたから。これも身体のサインですよね。

つまり、今まさに当時のことを「生物ー心理ー社会」の円環的なつながりとして、
 
            知識(認知)
          /                \
体験(感覚) -  感情(気持ち)
 
知識としてだけでなく、体験と感情をともない身をもって総合的に理解できた、と言えるかもしれませんね。多少、自虐的ではありますが。
 
~これからの時代は、脳と心を、統合して考えていく時代だと言える。これらは相互に作用して、単一のネットワークを構成しているのだから。要するに、心身は一つなのである。
 
とあるように、今まで色んな角度から触れてきた「認知ー身体ー感情」の繋がりやバランスは神経科学的な見解とも一致するということかなと思います。

無意識というと根も葉もない魔術的な怪しい印象も受ける人も正直いると思いますが、本書の言うように細胞レベルに刻み込まれた意識できない潜在記憶と捉えると、僕はまさに感覚的にしっくりきます。
 
「肌が合う」「鼻につく」という言葉は昔からあって、感覚レベルで判断していることって日常茶飯事だし、先人はそれを知っていて言語化していますよね、すでに。よくある「何となく」の多くは言語化できないだけで、直感が働いているはずです。
 
となると、LSWに限らず、トラウマでも何でも記憶を扱うということは、認知によって言語化できる顕在記憶だけでなく、うまく言語化できない潜在記憶、つまり細胞レベルの記憶、身体性記憶をも念頭に入れた理解や支援の方法論が必要ということになりますよね。
 
なかなか奥が深いです。その辺りのメカニズムに繋がる話題が、胎児の発達にはテンコ盛りで個人的には非常に面白いので、今後も少しずつ紹介していきます。
 
ではでは。