LSWのちょっとかゆいところに手が届く「まごのてblog」

静岡LSW勉強会の管理人によるコラム集

【第112回】家族政策による施設養護の違い

おつかれさまです。管理人です。

2年前の新型コロナ蔓延以降(ダイヤモンドプリンセス号とか懐かしいですね)静岡LSW勉強会は活動停止、blogは手つかずと、管理人ではなく「放置人」と化していましたが、ようやく冬眠から目覚めた感じです。

まだまだ予断を許しませんが、blog活動はコツコツ再開していきますね。


前回コラムでは、LSWが取り上げられている新図書を紹介しつつ、イギリスからみた日本の支援体制の特殊性について触れました。

今回はもう少し視野を広げて、虐待対応や社会的養護の国際比較について整理した面白い論文を見つけたので、そちらを紹介します。


【論文】代替的養護の国際比較の指標作成に向けた基礎的研究ードイツの取り組みから(和田上、2015)

まず、論文中のこの表を見ていただきたいのですが、

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〉オーストラリアやイギリスにおいては、里親養護の割合が 8 割以上占めているものの、施設養護が行われていない訳ではない。欧州の他の国々では代替的養護の半数程度を施設養護が担っている

日本では「欧米に比べて施設養護の割合が多すぎる」「子どもに家庭的な養育環境を」ということで里親養育推進運動が展開されていますが、国際的にも施設養育そのものが否定されているわけではないんです。施設にも役割があると。

それを踏まて、次のグラフを見てください。

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この10〜15年、日本の虐待通告件数は、警察からの心理的虐待通告(夫婦喧嘩目撃、夫婦間DV目撃)が全体の半数を占める状況で、毎年最多を更新し続けています。

「日本は虐待されるべき状況の子どもが見過ごされている」と主張する声もありますが、総子ども人口の15%〜25%が家庭外ケアをされている状況がはたして望むべき状態なのか、というのは考えもの。

この論文では深掘りされていませんが、オーストラリアは家庭外ケアの児童数が増えている一方で、虐待先進国(皮肉ですよ)アメリカが家庭外ケア児童数が減っている点も、あまり報道されていない注目点です。


論文内では、

〉施設養護の役割は、代替的養護が必要な子ども達に対する機能的な役割からくるものではなく、各国の家族および家族政策に起因していると考えられる。

日本では「欧米並みに里親を増やせや増やせ」と、とにかく里親委託率を上げろ、と国が施策を進めていますが、この論文は、国の家族政策によって施設養護に求められる役割に違いがありますよね、と言っています。

キレのいい指摘で、面白いですよね。

確かに比較的、アメリカ、イギリス、北欧の児童福祉システムの情報は入ってきますが、現在いろんな意味で話題になっている北京冬季五輪で見かける欧米諸国、ドイツ、フランス、オランダ、スペイン、カナダ等の情報は前者に比べてあまり入ってこない気がします。

この傾向で、なんとなく国家がどの国を参考にしていきたいのかを感じざるを得ないですよね。

この論文は、そんな気になるけど手の届かなかったような国際比較をコンパクトにまとめてくれています。


次の図は、児童福祉体制について、ケアが「家族へ依存しているか」「民間化(商品化)しているか」という2軸4分類での整理を示したものです。

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※脱商品化:国の関与が高く、市場の役割が低い状況を説明する概念。資本主義経済では労働力は商品化されるが、何らかの事情により商品化できない状況の時、経済論理の外で社会保障が提供されること。


以下は、分類別の特徴です(論文要約)。

【代表的な国】アメリカ、カナダ、イギリス
【特徴】
〈ケア労働〉社会、〈ケア費用〉家族(個人)
・生活困難性に対する国家の関与は低い。
・自己責任による対応で市場の役割が高い。
・家族への依存度は低い。
・国は人々がどのような家族を営もうと無関心であり、家族は個人の私的な契約によって形成。
          ↓
【社会的養護】
アメリカは(州によって異なる部分もある)、司法が親子関係に介入し、加害者である親が虐待の再発防止に否定的な場合、親元に子どもを戻さない決断をする傾向が強い。
・重視されるのは実の親との生活よりも子どもの権利擁護。「子どもの権利=適切な家庭が提供されること」という考え方。
・代替的養護については里親委託が重視され、施設養護は里親養護が困難な事例に限られる。


【代表的な国】スウェーデンフィンランド
【特徴】
〈ケア労働〉社会、〈ケア費用〉社会
・国家の関与が強く、市場の役割が低い。
・家族への依存度は低い。
・家族の多様性(ジェンダーも含め)や変化に対応できる柔軟な制度設計。
          ↓
【社会的養護】
スウェーデンでは「家族全体を包括的に捉えたケア」とも言える、実親による養育を支援していく傾向が強い
・「子どもの権利=実親のもとで暮らすこと」という考え方。社会が養育サービス(費用も)を提供するので、実親に養育を押し付けるというものではない。
・代替的養護については、家庭的な支援を重視することから、里親を重視する傾向が強い。


【代表的な国】ドイツ、フランス、ベルギー
【特徴】
〈ケア労働〉家族、〈ケア費用〉社会
・国の関与が強く、市場の役割は低い。
・家族への依存度は高い。
・男性が主たる稼働者となり、 女性が家庭内のケアを行うよう政策的に誘導している。
          ↓
【社会的養護】
・ドイツは実の家族との関係を重視する傾向が強い。代替的養護における里親と施設の割合は半々程度。


●家族主義レジー
【代表的な国】イタリア、スペイン、韓国、日本など
【特徴】
〈ケア労働〉家族、〈ケア費用〉家族
・国の関与は高い、市場の役割も低い。
・家族への依存度は高い。
・家族の価値を称揚するため、家族内に問題があることは想定せず、社会政策における支援も警察・司法による介入も行わない。
        ↓
【社会的養護】
・スペインなどの南欧では、里親養護と施設養護の割合は半々程度。南欧は家族の規模が日本や韓国と比較して大きく、脱家族化は低いが状況は異なる。
・韓国は里親養護の割合は半数に近いが、里親委託先の多くを親族里親が占めている。
・日本やイタリア、アジア各国など家族主義レジーム国の代替的養護利用児童数は国際的に見て低いが、「家庭が維持されているから少ない」との主張と「必要な保護が行われていない」という主張がある。


●コメント

まず馴染みのない「レジーム」という言葉ですが、安部元首相の「戦後レジームからの脱却」という発言で注目されたあの言葉ですよね。

【レジーム】regime =体制

政治の文脈では、統治体制や政府システムなど幅広い使われ方をされるようですが、著者もあえて「レジーム」という横文字を使っているところに、「体制」という日本語では言い表せない各国の「価値観」「家族感」「歴史」等の違いが複雑に絡み合っているという含みがあるんだろうなと感じます。


海外のやり方の紹介を聞いていつも気になるのは、その国がその手法の導入に至るヒストリー(歴史)とストーリー(物語)のプロセスがどの程度考慮された上で、日本に導入した場合どういう展開が予想されるかという、社会文化的視点で事が語られているか。

「日本はこの分野で○年遅れている」という言い方ってよく耳にしますが、では他国のやり方を全くそのまま導入したらハッピーになれるかというと、そんな事は無いですよね。完璧な国なんてないですし、民族による感度も、気候による暮らしやすさが与える基本的な価値観も違いますから。

僕は静岡県在住の新潟県人なのですが、冬は灰色の空と吹雪のホワイトアウトに襲われる新潟県と、一年中太陽が降り注ぐミカン生産地の静岡県と、日常的な景色や色合いはまるで別世界ですし、個人差はあるにせよ平均的な県民性ってやはり違うなと感じます。

雪国って自殺率が高いことでも有名ですし。

なので、日照時間の少ない極寒の北欧諸国(スウェーデンフィンランド等)と、地中海沿岸の気候穏やか資源豊かな南欧諸国(スペイン、イタリア等)と、人生観や家族感が違うという指摘は、個人的にとても納得できます。

例えば、豪雪地帯って隣近所にいくのも一苦労ですし、外で寝たりなんかしたら凍死してしまいます。片や南欧のスペインは、サッカーのFCバルセロナがあるカタルーニャ地方が言語統制を受けていたことは有名ですし(数年前カタルーニャ独立運動がニュースになりましたね)、Aビルバオというバスク地方の基本バスク人に限定したプロサッカーチームがあったり、元々小さな民族の集まりでできた国ですよね。そんな内戦的な歴史から同民族で協力的になるのは自然な流れですし、家族間親戚間の結びつきが強くなるのもそんな背景があるかと。

そう思うと、アメリカ、イギリス(自由主義ジーム)スウェーデンフィンランド社会民主主義ジーム)の良い所取りするのは良いことですし、ラーメンに代表されるように輸入したものを自国アレンジして発展させていくのは得意な日本ではありますけど、日本の歴史を軽視しすぎるものもどうかと。

論文中にありますが、ドイツは第二次大戦後、国家が強く家庭介入するシステムへの抵抗感が強く、結果として児童虐待で子どもが亡くなるケースが出てきたことから、システムの見直しが行われているそうです。

日本もドイツに似たような歴史観、家族感、忍耐強い国民性だと国際的には言われますが、必要以上に自虐的になる必要はないし、自国も他国もリスペクトして、より良いものを作り上げていく姿勢や考え方に、僕は共感するんですよね。

そんな意味で、前回コラムで書いた、英国人が「日本のシステム、いいね!」と言ってくれているよ、という紹介は嬉しく感じました、というコラムです。

もし各国の細かい状況が気になる方は、

社会的養護制度の国際比較に関する研究
調査報告書 第3報(平成28年7月)

なんかも参照ください。


また、長くなってしまいました。今回はこの辺で。

ではでは。