【第92回】「ARC(愛着・自己調整・能力)フレームワーク」とLSW
メンバー皆さま
気がつけば8月。
もう、凄まじい暑さですね。
加えて、各地で猛威をふるう大雨や台風。
「猛」
ハンパない猛暑のこの夏を表す漢字を探すならコレかな、と思うくらい過酷な夏です。
くれぐれも皆さま「いのちだいじに」、環境に合わせた程よい休み休みのペースで、今夏を乗り切りましょう。
で、そんな灼熱の中、今回紹介するのは、
サンサンと太陽が輝く表紙のコレです。
資生堂の海外研修レポートって、 頭では内容が充実して役に立つのは理解してるんですけど、 どれも軽く100ページを超えてくるので、 ちょっと気軽には読めないと言うか、 なかなか手が出ないんですよね、やる気スイッチが入らないと。
で、今回たまたまスイッチが入ったのでコラムで取り上げるわけですが、そういう時はどうしてもアレもコレも書きたくなって文量が長くなりがちなので、以下、お時間のある時にご自身のペースで読んでいただけたらと思います。
本題に戻ると、
今回ある調べ物をGoogleでしていましたら、 この報告書がたまたまヒットしまして。
ポチッと、ダウンロードして、
パッと、表紙が出てきたら、
あ!
『ベアードビール』じゃん、と。
ラベルの画風が。
一番左の[Rising Sun Pale Ale]なんて太陽の感じまで似てますし。コレがまた旨いんです。
ベアードビールは、静岡県東部(もとは沼津、今は修善寺)でベアードさんが作っているビ ールなんですけど、僕が10年以上前にクラフトビールにハマるきっかけをくれたビールでもあって、もはや日本クラフトビール界を代表する横綱級のビールです。
そんな連想だけで楽しい気分になりますし、 久しぶりに飲みたいなと。夏ですしね。
動機は不純でも、きっかけって大事です。
で、報告書に戻ると、お目当の物が何ページにあるか「目次」 に目を通したんです。
すると、
「おや?」
パラパラ飛ばし読みしてみて、
「うわ!」
「なんじゃこりゃ⁉︎」
実のお目当ては、レポート後半の「ラップアラウンド」 についてだったんですが、 それより何より「前半の内容」に釘付けになってしまいました。
その内容というのがコチラ。
II 私たちの青い鳥 〜トラウマの癒しの様々な治療形態と、それらの施設での応用〜( p.18〜)
主には、
①トラウマの脳の働きへの影響
②トラウマケアの考え方の枠組み(ARC理論)
③セラピーや施設での具体的な実践例
(詳しくは目次でご確認を)に関することで、 どうやら表紙の太陽の下で羽ばたいているのは、この題名の「 青い鳥」だったよう。
で、今回コラムで取り上げるのは主に②です。
ちなみに、①③について簡単に触れると、
トラウマは理性や思考(意識でコントロールできる部分)も不調にするけど、もっとトラウマの影響を強く受けるのは、 脳の中でも動物的な身体的な生命維持的な部分( 意識でコントロールできない部分)になるので、 頭でなんとかしようと思っても難しい、と言うこと。
脳科学の話しって「難しそうだな」 と敬遠してしまう方もいると思うのですが、③ 具体的実践例としては、ヨガをしたり、 バランスボールを使ったり、 自分の身体感覚を感じたり整えたりなんて支援が写真付きでいくも 掲載されています。
(詳細は、ぜひ報告書でご確認を)
「当たり前のことだが、トラウマを受けた子どもに必要な支援は、 それまで正常に機能していなかった脳の機能( 自己治癒力を含む)を、 正常に機能することを支援していくことだと気づかされた」
これは、この海外研修講師のバンデンコーク博士による報告書内のコメント。
これまでトラウマを持つ子どもへの支援は、「 言語による表現や理解に焦点を当てたトップダウンアプローチ」や「 精神薬による服薬治療」に偏重していたけれど、 もっと脳科学を根拠を置いた「身体・ 感覚に焦点を当てたボトムアップアプローチ」 によって脳を調整することが必要であると。
今でこそ、心理治療の身体的アプローチへの注目が日本でもだいぶ広がり始めてきたのかなと勝手に思ってますが、この内容が、このクオリティーと、このわかりやすさで、 すでに8年前(2010)に、 しかも無料で公開されていたなんて… 驚き以外の何ものでもありません。
思わず「8年間で買ったコレ系の書籍達は何だったんだ」 と思いたくなっちゃいますが、 じゃあ8年前にこの内容の価値に自分が気づけたのかと言えば微妙 で、やはりタイミングや準備性の問題というか、 それはそれで理解の畑を耕すのに必要なプロセスだったと、 自分で自分に言い聞かせるしかないですね(苦笑)
ということでレポート内容は、 どれも勉強になるのですが全部で182ページあるので、その中からどうしてもLSW的に紹介したいのが、今回の表題にしたコチ ラ。
「愛着・自己調整・能力フレームワーク」
別名
「ARC理論」
です。
ARCとは、
【Attachment】愛着
【self-Regulation】自己調整
【Competency】能力
の文字を取ったもので、トラウマ体験を統合するまでには、 下図(p.35)のような積み木を積み上げるような支援の順番を示したもの。
LSWをやっていると、ついつい「アイデンティティー」に反応し ちゃいますが、上から2段目にある
「自己とアイデンティティー」
の積み木の説明(p.44)について確認すると、
・子どもが自分(好き嫌い、価値観、考え、家族・文化の影響、 信仰など)を知る機会を作る。
・自分の長所を知り、内的な資源として蓄える。
・過去の経験を統合させ、 多面的な自己認識ができるように支援する。
・未来の自分を想像する能力と、 現在の活動を将来へつなげる能力を築いていく。
…
ん?
もう、LSWの説明そのままですよね。
さらに同じページにあるコラムなんて、
"【道具箱⑥】「私についての本」を作る"
となっていて「自分の成長を確認し、 自分の理解を深めることができる」なんて説明されてる。
また僕が「ARCブロック積み木」 を見た瞬間に思い浮かんだのはコレ。
LSWの本を読んだ事ある方なら、一度は目にしているだろう、 この三角形ピラミッドの図。
これはLSWの形式を3つに整理したものですけど、例えば、 この図が紹介されている本の1つ、
『子ども虐待と治療的養育〜 児童養護施設におけるライフストーリーワークの展開』
(楢原、2015)
の中には、こんな図も紹介されています。
しいて言うなら、エジプトにあるピラミッドを、 遠目で引いて見た場合と、 登れるくらい近づいてブロック1つ1つを見た場合くらいの違いかと。「木を見て、森を見ず」にならないように、全体を俯瞰的に見るソーシャルワーク的視点も持ちながら、個人への直接アプローチをきめ細やかに考える生活支援や心理療法的視点の両立の話です。
LSWで対応に悩むケースって、ソーシャルワーク的な問題にも頭を悩まされますが、そこには大なり小なり「トラウマ」の問題が絡んでいるし、そこには「感情コントロール」の課題があって、 そもそも「愛着」形成は十分にあるのかという問題を、 もはや児童福祉では避けては通れない道だと思うんです。
最近になって、職種に限らないトラウマインフォームドケア( トラウマをよく知った対応) の重要性が広く言われるようになって来ましたが、 現場の人はどんな職種であろうと被虐待のトラウマがある子どもに 対応し続けてきましたよね。
ARCフレームワークは、 アメリカのトラウマセンターで2003年から作られ始め、 2004年に始めのマニュアルができ、 何度か改訂を重ねて2010年に書籍化されたということですが、 トラウマインフォームドケアの重要性について随分触れられていま す。
トラウマは決して心理士だけが対応して治すものじゃなくて、 生活支援の中でみんなが関わりながら回復していくものだと。
決してブロックの一つ一つの内容自体は特別なことではないし、 これまでの生活支援ですでに当たり前に行われてきたもの。ただ、 戦略も見通しなしに、良いものは何でもやってあげた方がいいと、 手当たり次第に支援を続けるなんて、 支援者の身とモチベーションがとても持ちませんよね。
じゃあARCフレームワークは何なのかというと、「 これをやればいい」という特定の決まったプログラムではなくて、 これまでのトラウマケアの実践から、 必要な支援の順番を整理して示して、 今行われている支援が土台から積み上がっているか振り返ったり見 直したりする枠組み(フレーム)なんだと。
だから、具体的な支援方法については、 それぞれの現場で出来る形で工夫してやって下さい、と。
ちなみに、積み木の上段の「発達段階」や「司令塔の機能」をまごのてblog的に復習すると、こんな感じでした。
加えて言うと、これまでのコラムで取り上げているように、 子どもの脳の発達的には「感覚→感情→思考」言い換えれば「 身体→こころ→頭」の順番で成長していきますから、 そもそも年齢的に、育ちの環境的に、「頭の司令塔」 の機能が十分に育っていない子どもを支援することが、 児童福祉ではほとんどですよね。
もちろん時間的なリミットもあるなかでARCブロック積み木が盤 石に積み上がっているケースはあんまりない( そんな順調なケースなら困らない)とは思うんですけど、じゃあ、 LSW的な取り組み(セッション型)を計画はするけど、 同時並行で土台を補強する支援を、 生活の中でどう工夫して行っていくのか。
おそらく「安心して語れる場、信頼関係の構築」と漠然と表現されているものを、もう少し具体的につっこんで、 そのためには生活支援の中で、何の成長を目指して、何の環境を整えて、やり取りで何を扱っていくのか、そのヒントを、 ARCフレームワークや報告書の実践例は教えてくれる気がします 。
ARCフレームワーク・ARCブロック積み木は、 そんな児童福祉の超重要トピックである「トラウマ」「LSW」「 感情コントロール」「愛着」「脳の発達」 という避けては通れないが一つ一つだけでも結構複雑でややこしい 課題それぞれの関係や繋がりの全体像を、 実にシンプルに整理して示してくれている、のかなと思います。
これは、LSWを単体で考えるのではなくて、 LSWを児童福祉で必要な支援全体の一部として考えて整理しよう とした時に、 もしらしたら一つの道標になりうる考え方ではないかな、 と個人的には感じます。
ARC理論やブロック積み木の内容については、 図表コラム入りで10ページくらい(報告書p.35〜46) にまとまってますので、是非直接ご覧になってみて下さい。
あと、忘れてはならない「ARCフレームワーク」 の最大の特徴は、まず大人の在り方に焦点を当てている点。
土台となる愛着の4つの積み木の一番目に、
「養育者の感情管理」が挙げられていて、 とにかく身近な大人が安定的に応答することの重要性がこれでもか と説かれていること。
まず変わるのは子どもじゃなくて、子どもを支える大人であると。 それは養育者や担当者におんぶに抱っこの丸投げじゃなくて、 養育者を支えるする体制、つまりスーパーバイズ体制を整えて、 システムで子どもを支えることが最重要とされています。
もう一度、全体を整理して繰り返すと、
まず、
【Attachment】〜養育者への支援への取り組み
(愛着:安全な人間関係を築くこと)
の土台があって、
【self-Regulation】〜子どもへの支援
(自己調整: 子どもが自分の肉体と情緒の体験を調整するのを支援すること)
の積み上げがあって、
【Competency】〜発達、成長への支援
(能力: 子どもたちが弾力性のある成長を遂げられることを支援すること)
と言った積み上げがあって、ようやく最後に「 トラウマ体験の統合」が可能になる。
つまり、ARCフレームワークって、大人同士で共有しながら、
「この子にとって今、必要な支援って何だろう?」
「今やっている支援は、こういう意味があるかも」
「今の自分にできることは何だろう?」
なんて、子どもに想いを巡らせたり、 大人同士が対話するためのツールなんだろうと思います。
まずは、 養育者自身が自分の気持ちを安心して語れて受け止めてもらうこと を実体験として感じて、 その波長を合わせてもらって聞いてもらったり、 不安な気持ちが整理されて落ち着いていく感じを、 今度は養育者が子どもとのやり取りの中で提供する体験の連鎖。
もはや、これは「トラウマ」や「LSW」 というトピックを超えて、「社会的養護」 や対人援助全般に共通するチームアプローチ・ 集団養育のあり方のベースになる考え方のような気がします。
ちなみに、英国のLSWが紹介されている2015年出版のコレ、
このように2010年前後の「米国のトラウマ」「英国のLSW」 「日本の生活臨床」でそれぞれ言われていることが、 お互いが影響し合っているにしても、 重なってくるのは興味深いです。
最後に、
ARC理論について、もっと知りたい方は、 こんなのもネットで見れます。参考まで。
■2009年度(第35回)資生堂海外研修レポート
■米国における新しいトラウマ治療の動向 -子どもの複合的トラウマ治療のための枠組 ARC理論-(國吉、2011)
(どちらも「ブロック積み木の数」 が今回紹介したモノと少し違います。 第36回レポートの方が新しいモデルのようです)
ではでは。